京都大学は5月16日、脊髄での神経細胞産生を亢進して脊髄損傷による下肢の麻痺を改善することに成功したと発表した。

成果は、京大大学院 薬学研究科の武井義則 特定助教らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、5月15日付けで英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。

「神経幹細胞」は神経組織を形作る神経細胞と「グリア細胞」を産生する細胞だ。成熟した脊髄の神経幹細胞は、損傷部位に集まりグリア細胞を産生するが、神経細胞を産生しなため、損傷してしまった神経回路が自然治癒することはない。この神経細胞産生を阻害しているメカニズムは解明されていなかった。

武井特定助教らは、神経組織再生を阻害するタンパク質「NgR」の細胞外部分をリン酸化するとその活性化を阻害できるということを以前に報告しており、さらに研究を重ねた結果、NgRが神経幹細胞に発現しており、その神経細胞産生能力を抑制していることを見出したという。なおリン酸化とは、「リン酸(H3PO4)」をタンパク質につけることをいう。

そしてラット脊髄損傷モデルを用いて脊髄のNgRを実際に抑制する実験を実施したところ、損傷部位近くで神経細胞が新生され、下肢の麻痺が改善されたのである(画像1)。成熟した脊髄での神経細胞産生能力を亢進できること、亢進された内在神経細胞産生能力は損傷を治癒できることが示されたというわけだ(画像2)。

画像1(左):脊髄損傷モデルラットの回復曲線。今回報告された治療法が施された群(●)では、完全回復に近い回復が見られる。その一方で未治療の群(○)では、回復は不完全で、体重を支えたり、前肢と連携した動きが見られなかったとしている。画像2(右):脊髄損傷における、これまでの細胞移植の治療法と今回の治療法の模式図。脊髄損傷後、内在神経幹細胞は損傷部位近傍に移動し、グリア細胞に分化して損傷をふさぐが、神経機能が再生されないために麻痺が引き起こされる。従来の方法である細胞移植によって神経細胞を補えば、運動機能は改善される。今回の方法では、損傷部位のNgRをリン酸化することで、内在神経幹細胞から神経細胞が産生され、運動機能が改善されることが示された

成熟した脊髄では神経細胞産生は厳密に阻害されており、これまで、治療には細胞移植が必要と考えられていたが、今回の成果により、内在神経幹細胞の神経細胞産生能力を活性化するだけでも損傷を治療できる可能性が示された。今後、武井助教らは内在神経細胞新生で修復できる中枢神経組織損傷の規模や、細胞移植との併用でその規模を拡大できるかを検討する予定としている。