京都大学(京大)は、米ペンシルバニア州立大学、米ドレクセル大学との共同研究により、「NaRTiO4」(Rは希土類元素)の組成を持つ一連の層状構造のペロブスカイト酸化物が従来とは異なるメカニズムで圧電性を示すことを、実験と理論計算の手法を併用して明らかにしたと発表した。

成果は、京大 工学研究科の赤松寛文 日本学術振興会特別研究員(現・ペンシルバニア州立大学、日本学術振興会海外特別研究員)、同・藤田晃司 准教授、同・修士課程学生の久家俊洋 氏、同・田中勝久教授、同・田中功教授、同・学祭融合教育研究推進センターの東後篤史 特定准教授、,ペンシルバニア州立大のVenkatraman Gopalan教授、同・Long-Qing Chen教授、ドレイクセル大のJames M. Rondinelli准教授らの国際共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、4月29日付けで米物理学会発行の学術雑誌「Physical Review Letters」電子版に掲載される予定だ。

圧電材料は力が加えられると電圧が発生し、逆に電圧が加えられると材料が変形するという特性を持つ。そのため、圧電材料は機械的エネルギーと電気的エネルギーの相互変換に用いられており、外部から与えられた振動を電気信号に変換して出力する「圧電センサ」や、圧電体の微小変位を電気的に制御する「圧電体アクチュエータ」として実用化済みだ。

その用途は、半導体露光装置の極微動用ステージや走査型トンネル顕微鏡の探針駆動機構などの精密な位置制御を必要とする産業機器から、携帯電話、インクジェットプリンター、デジタルカメラといった身近な電子機器まで、多岐にわたっている。

実用的な圧電材料の多くは、組成式が「ABO3」で表される「ペロブスカイト型構造」を持つ「強誘電体」だ(AとBは元素の略号ではなく、ここに多様な組成式が入る)。ペロブスカイト型構造をした酸化物(ペロブスカイト酸化物)は、ABO3の組成式で表され、頂点共有したBO6酸素8面体の3次元ネットワークの空隙に「Aサイト原子」が充填された構造を持つ。AサイトとBサイトで構成元素の幅広い組み合わせが許容されるため、多彩な電子物性が発現することが知られている。また、強誘電体は誘電分極を持ち、電圧を印加することにより誘電分極の向き変えることができる物質で、結晶構造に中心対称性がないため圧電効果を示す。

ペロブスカイト酸化物の代表例としては、「チタン酸バリウム(BaTiO3)」、「チタン酸鉛(PbTiO3)」、「チタン酸ジルコン酸鉛(Pb(Zr,Ti)O3)」などが挙げられる。そのようなペロブスカイト酸化物強誘電体では、チタンと酸素の共有結合性や鉛の非共有電子対といった特定の元素に特有の性質のため結晶構造に中心対称性の破れが生じ、これが強誘電性・圧電性をもたらす。このような性質を持つ元素は限られるため、ペロブスカイト酸化物の中で中心対称性を持たない化合物は5%程度に留まっている。

しかし最近になって、共有結合や非共有電子対の存在といった元素の性質にそれほど強く依存しないメカニズムによって、結晶構造の中心対称性が破れることが理論計算により提案された。このメカニズムでは、層状ペロブスカイトにおいて、ある種のBO6酸素8面体ネットワークの回転体パターンが中心対称性を破るというものである。ほとんどのペロブスカイト酸化物が酸素8面体回転を示すことから、このメカニズムに基づけば強誘電体・圧電体の開発において特定の元素に制限されない物質設計が可能となるというわけだ。

ただし実際には、このタイプの強誘電体・圧電体はほとんど知られておらず、特に酸素8面体回転が起こると同時に結晶構造の中心対称性が破れることを実験的に検証した例は皆無だったのである。

そこで研究チームは今回、NaRTiO4の組成を持つ一連の層状ペロブスカイト酸化物に注目し、その従来とは異なる中心対称性を持たないメカニズムによって圧電性を示すことを、理化学研究所が所有しJASRIが運用する大型放射光施設SPring-8の粉末結晶構造解析ビームライン「BL02B2」を用いたX線回折測定、「光第二高調波発生測定」、「ピエゾ応答力顕微鏡観察」、ならびに「第一原理計算」により明らかにした。

今回の研究における層状ペロブスカイト酸化物とは、ペロブスカイト層ABO3と岩塩層AOが交互に重なった層状構造を持ち、通常は「ルドルスデン-ポッパー相」と呼ばれている。また光第二高調波発生とは、中心対称性を持たない物質に周波数ωの光を容赦した際に、周波数2ωの光=第二高調波が生じる現象のことだ(この時に同時に「直流電場(光整流)」も生じる)。そしてピエゾ応答力顕微鏡観察とは、プローブとサンプル接地面の間に電圧をかけながら走査し、圧電(ピエゾ)応答をマッピングする顕微鏡のことである。

さらに第一原理計算とは、実験により得られるパラメータを用いないことを第一原理といい、量子力学に基づいて物質のエネルギーや構造を計算する手法のことをいう。今回の研究では、密度汎関数法が用いられた。それに加えて、第一原理で得られた力定数から「フォノンバンド計算」が実施され、構造の動力学的安定性の評価や安定構造の探索が行われている。

これらの酸化物はこれまで、中心対称性を持ち、圧電性を示さない構造を採ると報告されていたが、今回の研究において、実際にはこれらの酸化物が報告とは異なる酸素8面体回転パターンを示し、その回転パターンの「微妙な違い」が中心対称性を破り、圧電性を生むことを突き止めたのである(画像1・2)。

実験的にも、多結晶体の放射光X線回折の測定による構造解析から、中心対称性のない構造が妥当であることが明らかとなり、さらに光第二高調波発生(画像3)とピエゾ応答の観察(画像4)から、非中心対称性が確認されたという具合だ。

放射光X線回折パターンと光第二高調波発生の温度依存性の測定から(画像3・5~7)、ある温度以下で酸素8面体回転が起こり、それと同時に中心対称性が破れることも確認された。これは、酸素8面体回転が中心対称性の破れの起源であり、圧電性をもたらすことを示しているという。

従来報告されていた中心対称性がある結晶構造(画像1(左))と、今回の研究で報告された中心対称性のない結晶構造(画像2(右))。画像1と2では異なるBO6酸素8面体回転パターンを示し、画像2のパターンが中心対称性の破れをもたらすことが突き止められた

画像3(左):NaRTiO4多結晶体の光第二高調波発生(SHG)の温度依存性を表したグラフ。光第二高調波発生が観察される温度域で、中心対称性が破れていることを意味する。画像4(右):室温でのNaHoTiO4多結晶体のピエゾ応答力顕微鏡観察像。観察面に対して鉛直方向(電場方向)の応答に対応している

画像5(左)は、NaSmTiO4の放射光粉末X線回折パターンの温度依存性を表したグラフ。回折角2θ~9度付近のピークは、酸素8面体回転により結晶構造の中心対称性が破れていることを示している(画像6(中)を参照)。800K以上の温度では酸素8面体回転を伴わない結晶構造(画像7(右)を参照)に変化し、この構造は中心対称性を持つため回折ピークが消失する。800K以上の温度では、画像3で示されているように、NaSmTiO4の光第二高調波発生も観察されなくる。つまり、酸素8面体回転と中心対称性の破れは密接に関係しているということを示す

従来のペロブスカイト強誘電体において中心対称性の破れをもたらす特定の元素に特有の構造歪みとは対照的に、酸素8面体回転は、ペロブスカイト関連化合物において最もありふれた構造の歪みだ。そのため今回の成果は、圧電体あるいは強誘電体の新しい物質設計指針を与えるだけでなく、非鉛圧電体材料を使ったデバイス応用にも大きな波及効果をもたらすと期待されるとした。なお、現状では圧電体としての性能が低いことから、研究チームは今後、巨大な圧電応答を示す物質系の開拓を行う予定としている。