科学技術振興機構(JST)、東京大学、星薬科大学の3者は4月2日、安価な「コバルト触媒」と「酢酸イオン」を組み合わせることで、希少で最も高価な金属の1つを使った「ロジウム触媒」を上回る触媒性能を実現することに成功したと共同で発表した。

成果は、東大大学院 薬学系研究科の松永茂樹准教授、星薬科大学 薬学部の坂田健准教授らの研究チームによるもの。研究はJST課題達成型基礎研究の一環として行われ、その詳細な内容は、近日中に米化学会誌「Journal of the American Chemical Society」オンライン速報版に掲載される予定だ。

医薬品合成における従来の合成法では、原料の炭素-水素結合を炭素-ハロゲン結合や炭素-ホウ素結合などに化学変換(目印の導入)し、その後、目印を利用してパラジウム触媒などでクロスカップリングさせるという複数工程が必要であった。

そこで現在世界中で開発が進められているのが、目印の導入工程を必要とせず、原料の狙った位置の炭素-水素結合だけを触媒の作用でうまく活性化し、1段階で化学変換する「次世代クロスカップリング反応」法が有効だ(画像1)。それを可能とする、優れた触媒性能を示すロジウム触媒が広く産業利用されているが、「塩化ロジウム」の形で1グラム約5万円と極めて希少で最も高価な金属の1つであるため、その代替となりうる安価で容易に入手可能な触媒の開発が望まれていた。

そこで研究チームは今回、一般的に周期表上で同族の金属は類似した性質を示すとされることから、周期表上でロジウムと同じ9族の中で真上に位置し、単価がその100分の1以下(塩化コバルトで1グラム約30円)であるコバルトが安価な代替触媒になる可能性があると考察。

ただし、触媒性能という実用面からは同じ族の元素であっても必ずしも似た性質になるとは限らないという問題がある。コバルトもその1つで、炭素-水素結合を1段階で化学変換するための触媒活性を示さず、ロジウム触媒の性能をコバルト触媒で単純に代替するのは困難だった。

しかし今回の研究により、コバルト触媒と酢酸イオンの組み合わせで、ロジウム触媒の性能を実現することを発見。理論計算によるシミュレーションから、コバルト触媒と酢酸イオンが1:1で相互作用した時に新たな触媒が反応容器内で発生することが判明したのである。コバルト触媒と酢酸イオンが同時に作用することで、原料の狙った位置の炭素-水素結合が効果的に活性化することが明らかとなった(画像2・3)。なお、今回使われている酢酸イオンは、安価な「酢酸カリウム」だ(1グラム約5円)。

画像1(左):炭素-水素結合の活性化による化学変換(次世代クロスカップリング反応)。画像2(中):安価なコバルトと酢酸イオンの組み合わせでロジウムを代替可能。画像3(右):理論計算によるシミュレーションモデル

また、今回開発された触媒では、コバルトが本来持つ高い「ルイス酸性」やコバルト-炭素結合の「分極」の大きさといったよい特性を残したまま、ロジウム触媒だけが本来持っていた炭素-水素結合を活性化する性能を併せ持つようになったことも確認されたという。

医薬品合成に重要な有用分子を得るまで従来法では、いくら高性能なロジウム触媒を使っても1段階ではできず、まずそれによるによる炭素-水素結合の化学変換、その後の汎用金属などを利用した化学変換を行うという、ロジウム触媒と汎用金属を使い分けた数段階の合成工程が必要だった(画像4)。しかし、コバルト触媒と酢酸イオンの組み合わせでは、たった1段階で向精神薬などの有用分子である「N-縮環インドール」に化学変換することに成功したのである。

この結果は、安価なコバルトの代替利用で触媒コストを数10分の1以下に抑えて合成することに成功しただけではなく、工程数がロジウム以上に短くなるため、ロジウム触媒を超える幅広い応用範囲を示す新しい触媒が開発できたことを意味するとした。

画像4。コバルトと酢酸イオンを利用した有用分子の一挙合成例。ロジウム触媒ですらできないことを可能にした

今回の成果により、コバルトと酢酸イオンのようにそれぞれ単独では触媒しない反応であっても、両者を併用することで高い触媒性能を実現できることが明らかにされた形だ。同手法はコバルトと酢酸イオンに限らず、幅広く応用可能な触媒設計の基盤技術であり、多数の安価な金属を駆使した高性能な触媒開発に利用できると期待されるという。

また、医薬品の開発にかかる期間は10年以上、開発費用は数100億円以上ともいわれている。今回開発された技術により、合成工程を短縮すると共に、目的の有用分子を高収率で得ることが可能になった形だ。創薬研究を加速すると同時に、医薬品を従来よりも低コストに、また環境への負荷をかけずに医薬品を合成することを実現し、産業および環境の観点でも持続可能な医薬品製造プロセスの構築に貢献すると期待されるとしている。