国立成育医療研究センター(NCCHD)と東京大学は3月4日、桐蔭横浜大学との共同研究により、マウスを用いて、交尾後のメス生殖器内において精子の挙動を詳細に調べた結果、子宮には精子の受精能を高める働きはなく、逆に精子を殺して排除しようとする働きがあること、SVS2は精子の細胞膜を保護することで子宮の殺精子作用から精子を保護し、卵の待つ卵管へ精子を送り届ける作用があることが明らかになったと共同で発表した。

成果は、NCCHD 生殖・細胞医療研究部の河野菜摘子 学振特別研究員、同・宮戸健二 室長、桐蔭横浜大 先端医用工学センターの吉田薫講師、東大大学院 理学系研究科 附属臨海実験所の吉田学准教授らの共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、2月11日付けで「米科学雑誌「米科学アカデミー紀要(PNAS)」に掲載済みだ。

ヒトを含むほ乳類では、精子はメス体内の膣、子宮を通過して卵管に進入し、卵管内で待っている卵へたどり着くことで受精が成立するのはご存じの通り。多くの動物において、精子は卵に受精するために非常に特化した形態・機能を有しており、精子形成が完了した時点で転写および翻訳は行われていないと考えられている。

精子と共にメス生殖器へ運ばれる「精漿」には、精子の運動能や受精能を制御し、受精効率を高める働きがあると古くから考えられてきた。精漿とは、「精巣上体」および副生殖腺「精嚢」などからの分泌物で構成される精液の液体成分のことである。副生殖腺には精嚢のほかにも、近年、「前立腺」(男性のがんが増えていることで知られている)や「尿道球線」などがあるが、ヒトやマウスでは精液の約8割が精嚢由来だといわれている。

しかし、この精漿が実際に受精効率を高める働きがあるのかどうか、生体内で観察を行うのは困難だった。また、メス生殖器内での精子の受精能を調節する機構も不明である。そこで研究チームは今回、精漿に多く含まれているタンパク質である「Seminal Vesicle Secretion2(SVS2)」を欠損したオスマウスを用いて、体内受精の仕組みを解析することにしたというわけだ。

SVS2を欠損させたオスマウスの精子は、野生型のオスと同様に体外受精では高い受精率を示したが、自然交配では産仔がほとんど得られなかったという。その原因の1つとして、交配の有無を確認できるメスの膣口周辺に付着する「膣栓(交尾栓)」の形成不全が考えられたことから、膣栓の代替物としてシリコンを用いた人工授精が実施された。すると、SVS2非存在下では依然として受精率が極めて低い結果が出たのである。一方、同様の実験においてSVS2存在下では高い受精率を示したことから、SVS2は体内受精に必須な因子であることが明らかになったというわけだ。

次に電子顕微鏡を用いた解析が行われたところ、SVS2非存在下では、精子は子宮内で細胞膜が破壊されて死滅していることが明らかとなった。回収した子宮内液を体外で精子に添加したところ、有意に精子の生存性が低下し、精子が凝集する様子が観察されたという。これらの結果から、子宮内には精子を死滅させる液性因子が存在すること、また精漿中のSVS2はその因子から精子を保護する作用があることが明らかになったのである。この結果は、精漿タンパク質が精子の受精能を制御するとする従来の考えに反する、予想外の結果だったという。

以前の河野学振特別研究員らの研究から、SVS2は精子の受精能を制御することとは予想されていたが、今回の成果により、子宮内では子宮が出す殺精子因子から精子を保護する働きを持つことが明らかとなった形だ。このメスとオスによる精子の攻撃と防御のバランスが子宮内での競合的な精子選抜を引き起こし、これによって選ばれた精子が卵管で待つ卵と受精可能になる仕組みがあると考えられるという。受精は過酷な闘いを精子が勝ち抜いた果ての現象であることは知られているが、また1つその過酷さがわかったというわけだ。

なお、ヒトの場合はSVS2の相同遺伝子である「Semenogelin-I」および「同II」が同様の機能を持つと予測されるという。また今回の成果から、ヒトにおける不妊原因の1つに精漿タンパク質または子宮内の殺精子因子が関与する可能性が考えられるとしている。

今回の成果をまとめた、メス生殖器におけるSVS2の精子保護機能の模式図。画像1・画像2:精液中にSVS2が存在する場合、精子はSVS2を表面にまとい子宮でも生存可能となる(a)。SVS2が存在しない場合、子宮の殺精子因子によって精子は死滅する(b)。(a)で見られたSVS2による精子の保護および(b)で見られた子宮の殺精子効果のバランスによって精子は選抜される仕組みがあると考えられる