東京大学は2月21日、モバイル端末の周囲の電波強度や到来方向を端末の内蔵カメラで撮影した風景画像に重畳して表示できるARアプリケーションを開発したと発表した。

同成果は、同大 先端科学技術研究センター 長谷良裕特任教授によるもの。詳細は、3月3日~5日に早稲田大学理工学部で開催される「電子情報通信学会 移動通信ワークショップ」、および3月18日~21日に新潟大学で開催される「電子情報通信学会 総合大会」にて発表される予定。

放送や無線通信に使われている電波は目に見えないため、個々の無線局からの電波がどの方向から来て、どのくらいの強度を持つかは、専門家向けの高価な測定器と大きな指向性アンテナを用いて実測するしか方法がなかった。多くの場所で測定するには大変な労力を要し、しかも、周波数帯ごとに違うアンテナをつなぎ替える必要もある。一方、ジャイロやGPS機能が備わっているスマートフォンとAR機能とは非常に相性が良く、例えば、内蔵カメラで撮影している山や星の風景画像の画面上にその山や星の名前を重畳表示したり、店の名前やセール情報を重畳表示したりするARアプリケーションが開発され数多く流通している。

このAR機能を利用して、無線局の電波強度表示に適用することができる"電波を見える化"するツールが作製できれば、誰でも測定器なしに、携帯電話がつながらない場所を調べたり、旅先や外出先でどの放送局が受信できるかを調べたり、TVアンテナの最適な向きを調べることが簡単にできるようになる。加えて、今までの一般的なARのように対象物の静的な情報を表示するだけでなく、サーバ側でスマートフォン利用者の位置における無線局の電波強度を瞬時にシミュレーション計算してリアルタイムでスマートフォン画面に表示させることによって、モバイル端末の利便性がいっそう高まると期待される。しかし、このようなアプリケーションを実現させるためには、課題があり実現には至っていなかった。

電波強度を瞬時にシミュレーション計算するには、送信側の無線局とユーザ間の距離に応じた距離減衰だけでなく、伝搬経路途中の地形による遮蔽効果(回折減衰)なども考慮する必要があり、断面図作成や遮蔽点探索に多くの計算時間が費やされるため、今までの電波強度シミュレータでは、周囲に多くの無線局がある場合には、電波強度をリアルタイム表示させることが困難だった。今回、このシミュレーション計算を高速化するため、電波の伝搬経路途中にある多くの遮蔽点ごとの遮蔽損失を個別に計算するのではなく、多くの遮蔽点を1つの大きな仮想遮蔽点で置き換えて計算する手法の導入や、全国の地表面標高データを半導体メモリ上に常時展開することなどにより、ユーザ位置から半径100km以内にある100局程度までの無線局の電波強度を1秒以内で自動的に高速計算できる電波強度シミュレータを無線局データベースの中に組み込み、システムを構築した。

このシステムにより、放送局や携帯基地局などの無線局情報をあらかじめ無線局データベースに蓄積してしまうことで、任意の地点での電波強度や到来方向だけでなく、周波数ごとの電波の混雑具合なども目に見える形で表示する"電波の見える化"ツールを実現する可能性を提示した。同ツールを用いると、一般に広く普及しているスマートフォンやタブレットなどのモバイル端末で、端末の周囲にあってデータベースに登録されている無線局からの電波強度および到来方向が、アンテナなしでリアルタイムにわかるだけでなく、AR機能により、内蔵カメラを通して見ている風景画像中に無線局の名前や電波強度を示すアイコンが提示され、無線局の方向や電波の強さを視覚的に確認できるようになる。

開発したアプリケーションの使用例

AR表示の画面例

また、アイコンをタップすることで、無線局の位置、周波数、送信出力などの詳細情報やその無線局周囲の電波強度マップなども表示させることができる。これにより、モバイル端末を電波のヴァーチャル測定器として使うことができるようになり、誰でも簡単に携帯電話がつながらない場所を調べたり、旅先や外出先でどの放送局が受信できるかを調べたり、TVアンテナの最適な向きを調べることができるようになる。

電波強度マップの画面例

今回は、地域や無線局数が限定された試験運用に留まるが、将来的に各種無線局の詳細情報を共通的に網羅するデータベースが整備されれば、一般ユーザーでも任意の場所での無線電波の使われ方や混雑度合いを簡単に確認できるようになる。さらに、表示するデータも、単に無線局ごとの電波強度や到来方向だけでなく、周波数別の強度分布や定点での実測値との比較、無線局間の干渉予測と回避手段などへの拡張も期待される。また、周波数の有効利用や電波利用の啓蒙活動などへの効果も期待されるとコメントしている。