東京工業大学(東工大)は2月18日、英・ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン大学との共同研究により、セメントの成分である石灰とアルミナの化合物「12CaO・7Al2O3(C12A7)」の「エレクトライド(電子化物)」である「C12A7:e-」表面にルテニウム(Ru)を担持した触媒が、アンモニア合成に対して高い触媒活性を示すメカニズムを解明し、同時に反応を単純化したモデルにより第一原理計算で検討し、Ruを担持したC12A7:e-の電子供与性が触媒活性に威力を発揮していることを明らかにしたと発表した。

成果は、フロンティア研究機構の細野秀雄教授らの国際共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、1月20日付けで「Journal of the American Chemical Society」に掲載された。

アンモニアは窒素を含む化合物の中間体として年間1.7億トンも生産されている重要な化学物質で、植物生育の必須3元素の1つである窒素源でもある。また、最近では高密度の水素を含有し、かつ容易に液化できることから、エネルギー源の水素キャリアとしても注目を集めているところだ。

アンモニアの工業的合成法は100年前に確立されたハーバー・ボッシュ法が現在までずっと使われている。このプロセスは100~300気圧、400~500℃という条件を必要とするために使用するエネルギー量が非常に多く、人類が1年間に消費するエネルギーの内、ハーバー・ボッシュ法によるアンモニア合成が1~数%も占めているといわれる。そのため、より穏やかな条件で働く触媒が求められており、世界中で研究が行われており、日本でも複数の研究者が取り組んでいるところだ。

そうした中で東工大もアンモニアを合成するための触媒の研究に力を入れており、金属ルテニウムを担持した触媒が、低圧化に有効であることを1990年代に報告したのが、当時の東工大の尾崎萃 教授と秋鹿研一 教授らの研究チームである。その後、エレクトライドの1種であるC12A7:e-の表面にRuを担持すると、優れたアンモニア合成触媒になることを2012年に発表したのが、細野教授の研究チームというわけだ。

ユニークな物性が明らかになりつつあるエレクトライドは、電子がアニオン(陰イオン)として働く化合物である。C12A7:e-はその典型例とされ、アルカリ金属のように電子を与えやすく、それでいて化学的・熱的に安定という特徴を持つ。

もう少しC12A7:e-について詳しく説明すると、電子が正に帯電した骨格とイオン結合した化合物であり、そうした仕組みにより電子が陰イオンとして機能する。C12A7は直径0.44nmのケージ(カゴ状の骨格が繋がった)構造をしており、通常は酸素イオンが入っていて絶縁体になっているが、その酸素イオンの代わりに電子を入れることで安定なエレクトライドとなる。そのことを2003年に発見したのも細野教授らの研究チームだ。またC12A7:e-は金属のようによく電気を通し、低温では超伝導を示すこともわかっている。

さらに、C12A7:e-にRuの微粒子を担持したものが、それまでのRu系触媒よりも活性(TOF)が1桁高く、Ru系触媒に共通の弱点であった「水素被毒」(ルテニウム表面の活性点に解離吸着した水素原子によって覆われる現象)を生じにくいことを報告したのも細野教授で、アンモニアの分解触媒としても優れた特性を示すことも見出している。

ちなみに活性化エネルギーとは、反応の出発物質の基底状態から遷移状態に励起するのに必要なエネルギーのことをいう。このエネルギーが小さいほど、その反応は容易になる。反応中に触媒が存在することで、活性化エネルギーを下げることが可能だ。

こうした経緯を受け、細野教授らは今回、なぜC12A7:e-上に担持したRuが高い活性を示すのかを、なるべく単純化したモデルを用いて第一原理計算で定量的な解明を試みたというわけだ。

C12A7:O2-の正の電荷を帯びたケージには酸素イオンの代わりに電子が入れられていることで安定なエレクトライドとなり、金属のように高い伝導性を示すことは前述した通りだが、その電子はケージによって緩く束縛されているだけなので、外部に容易に引き出すことが可能である。その「仕事関数」(物質表面から1個の電子を無限遠まで取り出すのに必要な最小エネルギーのこと)の値は金属カリウムと同程度で極めて小さい。

仕事関数が小さいほど電子が飛び出しやすく、電子を与えやすいことを意味するのだが、アルカリ金属のように仕事関数の小さな物質は、化学的に不安定なことが一般的だ。しかし、C12A7エレクトライドは仕事関数が金属カリウムと同程度と極めて小さいのは前述した通りだが、化学的にも熱的にも安定という点が大きな特徴である。

C12A7:e-の最表面におけるトンネル走査顕微鏡観察の結果を参考に、「DFT計算」によって表面構造を作成し、その上にRu2ダイマー(Ru微粒子のエッジが最も活性が高いことを単純化)を固定し、そこに窒素(N2)分子を吸着させた時の窒素-窒素結合開裂(結合を切ること)の反応経路に沿ってエネルギーの計算が行われた。具体的にはRu2ダイマー上に吸着させたN2分子の配置が「cis」から「trans」になる経路のポテンシャルエネルギーの計算が行われたのである(画像1・2)。

なおDFT計算とは、原子、分子、凝集系などの多体電子系の電子状態を調べるために用いられる、経験的パラメータを用いない電子状態計算の1つだ。この方法では多体系のすべての物理量は空間的に変化する電子密度の汎関数(関数の関数)として表されることが基本となっている。

計算の結果、ケージの中に酸素イオンの代わりに電子が入った場合に活性化エネルギーが1/2程度に減少することがわかった。このシミュレーション結果は、Ruを担持する物質の電子供与能が触媒活性に決定的な影響を与えることを明瞭に示唆するものであるという。

画像1(左):反応のモデル化。画像2:Ru2N2のC12A7:O2-とC12A7:e-表面上での cis-trans変換のポテンシャルエネルギー図

今回の単純化したモデルによる計算で、アンモニア合成触媒における担体からの電子供与の重要性が定量的に明らかになった形だ。より電子供与能の高い担体やより汎用な金属の組み合わせにより、さらに高性能で実用性に優れた触媒の実現に迫れるものと期待されるとしている。