物質・材料研究機構(NIMS)は1月31日、分子が自発的に集合し新たな機能を持つ材料を作り上げる「自己組織化」をコントロールする手法を開発し、1次元の分子集合体「超分子ポリマー」の長さを自在に制御することに成功したと発表した。

成果は、NIMS 先端的共通技術部門 高分子材料ユニット 有機材料グループの杉安和憲(すぎやす・かずのり)主任研究員らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間2月3日付けで英国科学雑誌「Nature Chemistry」オンライン版に掲載された。

分子の自己組織化とは、分子が自発的に組織化することで特異な構造と機能を生み出す現象のことをいう。自然界のあらゆるところに見られる現象であり、DNAの二重らせんやタンパク質の3次元構造、光合成反応中心、神経回路など、重要な機能システムの構築に欠かせない概念だ。ボトムアップ的にさまざまな機能システムを構築できるため、人工分子によって自己組織化現象を模倣し、材料科学やナノテクノロジーに応用しようとする研究が活発に行われている。

そんな分子の自己組織化を利用することで得られることから近年になって注目を集めているのが、超分子ポリマーだ。既存の合成高分子では分子が共有結合によって鎖状に連結されている一方、超分子ポリマーは「水素結合」や「配位結合」などの比較的弱い相互作用で連結された高分子である。このため、超分子ポリマーは可逆的に重合・分解できるというわけだ。

超分子ポリマーは既存の合成ポリマーと比較して、光・電子機能の設計性が高く、リサイクル性や自己修復能に優れるため、エレクトロニクスや医療に用いられる高機能性材料として強く期待されている。しかし、超分子ポリマーの生成過程である自己組織化は「自発的に」進行してしまうため(画像1)、ポリマー化を意図的にコントロールすることが難しく、これまで超分子ポリマーの長さ、つまり「重合度」を制御することは不可能であった。

一方、既存の高分子合成においては、「リビング重合」と呼ばれる手法によって、合成されるポリマーの長さを精密に制御することができる。リビング重合とは、連鎖重合反応において、連鎖移動反応や停止反応などの副反応を伴わず、ポリマーの成長末端が常に重合活性である反応のことをいう。モノマーが完全に消費された後でも、新たにモノマーを加えると重合がさらに進行することや、鎖の長さのそろったポリマーが得られることなどの利点がある。

長さのそろったポリマーの物性は均質で機能性に優れるため、リビング重合法は産業界で広く利用されているところだ。よって、超分子ポリマーを既存の高分子のように幅広く利用するために、そのリビング重合法の開発が求められていた。

通常の自己組織化は前述したように、分子が分散した状態から組織化した状態へ、1つ目の経路をたどって収束するので(画像1)、いわば「分子任せ」であり、意図的に制御することはできなかった。今回研究者らは、新しく合成した「ポルフィリン分子」の自己組織化過程において、2種類の自己組織化が交錯するという珍しい現象を発見したのである(画像2)。

ポルフィリン分子は、環状構造を持つ有機色素化合物だ。機能性分子として天然に広く存在しており、例えば酸素運搬を担うヘモグロビンや、光合成反応中心の光捕集系に見られる。今回用いられたポルフィリン分子の構造は、画像3に示されている通り(中央部分の環状ピロール4量体がポルフィリン骨格)。

画像1の組織化Aによって、ポルフィリン分子は直径約10ナノメートル(nm)のナノ粒子状会合体を形成した。また組織化Bは、「水素結合」(画像4)を介した超分子ポリマー化であり、1次元のひも状会合体が与えられている。これら2種類の自己組織化は、互いに影響を及ぼし合い交錯する形だ。研究チームは、これらのバランスを調整することによって、自己組織化過程のタイミングや速度を制御できることを見出した。さらに研究チームは、このように「分子任せ」ではない自己組織化(画像2)を利用することによって超分子ポリマーのリビング重合に世界で初めて成功したのである。

自己組織化のイメージ図。画像1(左):通常の自己組織化は自発的に進行するため、その過程を制御できない。画像2(右):今回発見した自己組織化では、2つの自己組織化の形態が互いに影響を及ぼし合い交錯する。これらのバランスを調整することによって自己組織化過程のタイミングや速度を制御することができた。図中の写真は原子間力顕微鏡像

画像3(左):ポルフィリン分子。画像4(右):水素結合。ポルフィリン分子の場合は、青色部分で水素結合して超分子ポリマー化している

今回の新しい技術の概略を示したのが、画像5と6だ。ポルフィリン分子を有機溶媒に分散させると、組織化Aによってただちにナノ粒子状会合体が形成され、超分子ポリマー化(組織化B)は進行しなかった(画像5左)。しかし、このナノ粒子状会合体の溶液にごく少量の超分子ポリマーを「種」として添加すると、ナノ粒子状会合体が消失し、種から超分子ポリマーが成長したという。これは、種の添加というタイミングで超分子ポリマー化(組織化B)を開始できることを意味するのである。

研究チームでは、この超分子ポリマー化が、高分子合成のリビング重合と同様のメカニズムで進行していることを明らかにした。さらに、種とナノ粒子状会合体の比率を変えることによって、超分子ポリマーの長さを自在に制御することに成功したのである(画像6)。

画像5(左):画像1の現象を利用することによって実現された超分子リビング重合の概念図。「種の添加」というタイミングで超分子ポリマー化(組織化B)を開始できる。画像6(右):これまで不可能だった超分子ポリマーの「長さ」の制御に成功した。図中の写真は原子間力顕微鏡像

自己組織化は、材料科学、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーなどの多岐にわたる学際分野できわめて重要な概念であり、物質の新たな合成手法として注目度が高い。自己組織化によって合成される新材料の中でも、超分子ポリマーは、既存の合成高分子に置き換わる高機能材料、低環境負荷材料として強く期待されている。

今回の成果は、超分子ポリマーを合成高分子のように精密重合させられることを実証した初めての例であり、超分子ポリマーの最も基本的な構造要素である「長さ」の制御を可能とした形だ。今回の手法のポイントは、自己組織化の形態を2つ以上組み合わせ、それらのバランスを調整することであり、原理的にはさまざまな超分子ポリマーに適用可能だ。自己組織化に基づく基礎・応用研究に新しい展開をもたらすと期待されるとしている。