早稲田大学(早大)は、オスの攻撃性を制御する仕組みを明らかにしたことを発表し、1月15日には早大 先端生命医科学センター(TWIns)にて、研究を実施した早大 教育・総合科学学術院/TWInsの筒井和義教授(画像1)による記者発表を行った。

なお、今回の成果は筒井教授に加え、同教授の研究室に所属する産賀崇由 研究助手らによるもの。研究の詳細な内容は、現地時間1月15日付けで英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。

画像1。早稲田大学の筒井和義教授

筒井教授は会見で自らを「小さな研究者」とし、偉大な研究者たちと同じ土俵で真っ向勝負するためにどうするかということを考え続け、それが「ゼロから発見すること、新しい道を開拓すること」であり、そして見出したのが、「生体機能を調節する新規「脳ホルモン」の探索」というテーマだった。ホルモンというと、ホルモン焼きを想像してしまう人も多いかも知れないが、そちらではなく生体内において特定の内臓や器官において分泌される生理活性物質の総称だ。

脳ホルモンということからわかるように、脳内(神経細胞)で分泌されるものを指し、未発見の脳ホルモンがまだまだあるという。筒井教授らは特に生体機能、つまり成長や生殖に関連するものに注目し、「ニューロ(神経)ペプチド(ホルモン)」や「ニューロステロイド(ホルモン)」などがある。ペプチドとはアミノ酸がつながった(単鎖状の)分子のことで、ホルモンもペプチドの1種である。ステロイドとはホルモンの1種だ。そして今回の話は、ニューロペプチドの1種の話となる。

また有名な脳ホルモンとしては、約40年前に米国の研究者のアンドリュー・ウィクター・シャリー氏とロジャー(ロジェ・シャルル・ルイ)・ギルマン氏が13年におよぶ研究成果競争を繰り広げ、1977年にノーベル生理学・医学賞を共に受賞した「生殖腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)」(生殖機能を高めるホルモンの放出を促すホルモン)などがある。

GnRHは脳の視床下部の「視索前野」で分泌されて脳下垂体に作用する。視床下部は大脳の下の間脳の最も奥深いところにあり、生理機能や本能的行動を制御する非常に重要な場所だ。そして2種類の生殖腺刺激ホルモンの、「黄体形成ホルモン(LH:Luteinizing hormone)」と「ろ胞(卵胞)刺激ホルモン(FSH:Follicle stimulating hormone)」が分泌されるというわけだ。LHは性腺からの性ホルモンの賛成を刺激し、FSHは女性の場合は卵巣内で未成熟の卵胞の成長を刺激して成長させ、男性の場合は睾丸で精子形成に関わるのである(画像2)。

なお、この生殖腺刺激ホルモンはバランスが必要で、ひたすら亢進していくだけでは、生物は困ったことになってしまう。そこで予想されたのが、抑制するためのホルモンの存在だ。しかし、抑制ホルモンはGnRHの発見から30年間発見されなかった。それほど見つけにくかった「生殖腺刺激ホルモン放出抑制ホルモン(GnIH)」を2000年に発見したのが、筒井教授なのである(画像3)。

画像2(左):GnRHから生殖腺刺激ホルモンへの流れ。 画像3(右):GnIHは2000年に筒井教授によって発見された

GnIHもニューロペプチドの1種であり、産生するのは視床下部の中の「室傍核」にあるニューロンだ。そして脳下垂体に作用して、生殖腺刺激ホルモンの放出を抑えるのである。GnRHとGnIHの産生箇所とそれがどのように血液中に放出されるのかを示したのが画像4で、「下垂体門脈」という視床下部につながる血管があり、そこにつながるターミナルから放出されて血液に乗って運ばれ、「脳下垂体前葉」に到達して作用し、前述したようにLHやFSHの放出や抑制を行って、卵巣や精巣といった生殖機能の中核部分に作用するというわけだ。

画像4。GnRHとGnIHの両ホルモンが放出される部位と脳下垂体まで運ばれる仕組み

GnIHは最初に鳥類(ウズラ)で発見され、その後も筒井教授らが研究を続けた結果、すべての脊椎動物に存在していることが確認されている。もちろん、我々ヒトにも存在することは確認済みだ。ヒトに存在することがわかった結果、ヒトにはさまざまな生殖機能障害の疾病があるが、GnIHが正しく働いていないケースもあり得るとしている。よって、GnIHに着目した新たな治療法が期待されており、研究が進められているというわけだ。

そして、GnIHの研究を進める中でわかってきたのが、産賀研究助手らが2012年に発表した、GnIHが動物の攻撃性を抑制するという新しい機能だったのである。今回は、その攻撃性の抑制作用の仕組みを明らかにすることを目的として研究が行われた形だ。

今回の研究では、モデル動物として再びウズラ(オス)が使われた。その理由は、ウズラは小さな鳥なのでそういうイメージを持っている人は少ないのではないかと思うが、実は脊椎動物の中にあって最も攻撃性が高い動物だからだ。端的ないい方をしたら、ケンカっ早いということである。

オスのウズラは2匹を狭い場所に閉じ込めると、強い方がまず威嚇することから始め、突っつき、くちばしで羽根などをくわえて相手を抑え込み、さらには相手の上に乗っかり、そして最後は激しい攻撃を加えるようになるのだが、一晩そのままにしておくと弱い方は殺されてしまうという(画像5)。それほど、オスのウズラは攻撃性が高いのだ。そしてメスのウズラはというと、通常はこのようなことはしないという。

画像5。オスのウズラの攻撃行動。a:威嚇、b:突っつき、c:押さえ込み、d:マウント、e:直接攻撃

またヒトの社会も含めて、一般的に生物はオスの方が攻撃性が高く、メスは攻撃性が低い。ヒトでも、暴力行為におよぶのは男性の方が圧倒的に多いのは誰もが納得のいくところだろう。そして女性の方が暴力的なケンカはせず、闘いを好まないのは間違いのない事実のはずだ。

画像6~8は、ウズラのオスの攻撃行動と性行動をGnIHが抑制するのを示したグラフだ。左と中央のグラフの「Aggressive Behavior」とは攻撃行動という意味で、左は威嚇行動、中央は突っつき行動についてである。右の「Sexual Behavior」は交尾などの性行動だ。

この実験では、RNA干渉法を用いてGnIHをノックダウンさせる(完全に欠失させるノックアウトではなく、発現しないようにする)と、攻撃性が著しく高くなることがわかった。同じく性的行動でも、GnIHが発現しないようにすると、活発になされることがわかったのである。このことから、GnIHは、攻撃性と性行動の発現を抑えるということが証明された形だ。

画像6(左):攻撃の内の威嚇行動の10分間における回数。バーは左から通常、GnIH siRNA(GnIHをRNA干渉でノックダウンさせた状態)、GnIH siRNA+GnIH(GnIHをRNA干渉でノックダウンさせた状態にその上にGnIHを投与)。 画像7(中):同じく攻撃の内の突っつき行動の10分間における回数。 画像8(右):性行動の10分間における回数

次に、どのような仕組みでGnIHが攻撃性と性行動を抑制するのかが調べられた。このオスの攻撃性に関わるのが、精巣が作る男性ホルモンの「テストステロン(Testosterone)」だ。攻撃性が発現する仕組みは、精巣がテストステロンを大量に分泌して脳に届き、そこで酵素「アロマターゼ(Aromatase)」の作用で女性ホルモン「エストラジオール(E2)」に変換され(つまり、E2はテストステロンがベースである)、攻撃行動につながるのである(画像9)。つまり、このE2こそが攻撃行動の発現に不可欠というわけだ。

画像9。テストステロンとE2の化学式

ただし、どんな動物もオスは精巣を取られてしまうと、一気に大人しくなってしまうことから、まずテストステロンが作られることも攻撃性には重要なことはわかっている。またこうした仕組みは、現在の研究においては、すべての動物にとって共通の仕組みである。

そこで筒井教授らは、GnIHがアロマターゼの活性を抑えることで、E2の合成(テストステロンからの変換)が抑えられ、E2が少ししか作られず、その結果として攻撃行動が抑制されるのではないかと、最初は考察したという。

ところが、事実はまったく逆だったのである。画像10と11のグラフからわかるように、GnIHは女性ホルモン合成酵素の活性を高め、女性ホルモンの合成を促進していたというわけだ。画像10のグラフは、GnIHの量(単位は分子量モル(M))の違いによるアロマターゼの活性を表したもの。GnIHの量が増えるにつれ、アロマターゼの活性が増えているのがわかる。

画像11のグラフは、E2が作られる量を表したもので、「Vehicle」は通常、「GnIH+RF9」はGnIHとGnIH受容体阻害剤を加えたもの、「GnIH+FAD」はGnIHとアロマターゼ阻害剤を加えたものだ。GnIHのみが同様に最も量が多い。つまり、GnIHはアロマターゼを刺激して、E2をより著しく増産するということがわかったのである。結果、E2が増えることが攻撃行動を抑えるということが判明したといわけだ。なお、今回のGnIHによるアロマターゼを介した女性ホルモンを増加させる仕組みは、初めての発見となる。

そして画像12は、それを証明するために行われた、投与実験だ。E2の量を変えることで(横軸)、ウズラの攻撃行動(縦軸)がどのように変化するかというのを表したグラフである。E2は前述したように、攻撃行動にも必須であることから、低濃度の1ngの時は最も攻撃性が高くなっている。

しかし、その10倍の高濃度になると一気に減り、大人しくなっているのが見て取れるはずだ。なお、その後の100ng以降になるとまた増えているが、これは、この量になると通常の脳内では産生されない量であるため、その影響が出ているという(増えたところで脳に影響はないそうである)。

この低濃度は攻撃性が高い、高濃度は攻撃性が低いというのは、ヒトを含めて自然界でも証明されている。つまり、元々卵巣があることからE2など女性ホルモンが多いのがメスであり、それだけ多くが脳に作用するので、実際に攻撃性が低いと考えられるというわけだ。オスは精巣でテストステロンしか作らないので、脳に至ってそこでアロマターゼが働いて初めてE2が誕生するわけで、元々少ないのである。

画像10(左):GnIHの量(単位は分子量モル(M))の違いによるアロマターゼの活性。 画像11(中):E2が作られる量。 画像12(右):高濃度のE2はオスのウズラの攻撃性を低下させる

画像13は、GnIHニューロンがアロマターゼニューロンに投射していること、アロマターゼニューロンにGnIH受容体が存在することを示した蛍光顕微鏡写真だ。赤く染色されているのがGnIHニューロンで、緑がアロマターゼニューロン。hの画像の青い部分はGnIH受容体だ。GnIHももちろんそうだが、E2も脳の神経細胞に受容体があることで、そこに接合することで脳の攻撃性を高めたり低くしたりするそうである。

画像13。GnIHニューロンがアロマターゼニューロンに投射していること、アロマターゼニューロンにGnIH受容体が存在することを示した蛍光顕微鏡写真

いうまでもないが、人間社会の秩序を混乱させる主要な要因の1つが攻撃性の異常な高まりだ。今回の研究はウズラを使ったものなので、ヒトの場合はそっくり同じ仕組みではない可能性もあるが、攻撃性を制御する仕組みの一端が解明されたといえるだろう。筒井教授らは今後、実際に人間にも同じ仕組みが存在するかどうかを明らかにするため、引き続き研究をしていくとした。

ただし、ヒトの脳の研究はおいそれと頭を切り開いて研究するわけにもいかないため、次のステップとしてマウスなどのヒトとは別のほ乳類を使って今回と同様の仕組みがあるのかどうかの研究も行われている。もし研究が進んでヒトにも同じ仕組みが備わっていることがわかれば、ヒトの攻撃性の高まりを安定させる方法の開発が可能となり、社会における平和や秩序の維持への貢献が期待されるという。

ちなみにE2は食べ物に混ぜたり薬として飲んだりしても胃腸で分解されずに吸収され、なおかつ通常は関門があるので届きにくい脳内にもステロイドなので届くので(ペプチドは届かない)、攻撃性を抑えるための飲み薬などにしやすいという。もちろんこれからの研究においても、飲むだけで脳内のE2の量を変えられる点は非常に実験をしやすいとしている。ただし、前述したようにヒトの場合は頭を開いて検査するわけにはいかないので、E2を計測するための新しい技術は必要だという。

また筒井教授らはヒトでの生殖抑制作用の研究として、脳の機能が関わる中枢性の生殖機能障害という疾病があることから、次世代シーケンサを用いてそうした患者の遺伝子を解析して、GnIHの発現がどうなのか、GnIHの受容体はどうなのか、または変異が入っているのかどうかなどの研究を行っているとした。

さらにヒトの場合はもう1つ、女性によく見られる性成熟が早く訪れてしまう「思春期早発」という疾病があり、それはGnIHがうまく働いていない(発現が低い)から早期に成熟してしまうのだが、こちらの疾病に関しても解析を進めているとしている。

なお、今のところ、攻撃性と性行動は連動していると考えられており、攻撃性を沈めれば性行動も抑制される可能性が高い。いわゆる性的な興味が高くなりがちな人の場合もGnIHが薄いもしくは薄くなりやすいといった可能性もあるという。世の中、性欲を抑えることを不得意とする男性も多いわけで、そうした性行動との関連というのも調べられているという。

余談だが、なぜ攻撃行動と性行動が連動しているのかというのは、野生動物の子孫繁栄のための行動を見ればわかる。多くの動物がメスを巡ってまずオス同士が序列を作ったり、よりよいエサ場のある広いテリトリーを確保したりするために決闘を行うのはご存じだろう。オス同士の戦いに勝って初めてメスを手に入れられチャンスが出てくるわけで、ある意味、攻撃性が高ければ高いほど子孫を残せる可能性も高くなるというわけである。

そうした子孫繁栄のためのシステムを人類も受け継いできているわけで、だから男性の方が性行為に積極的で、どちらかというと女性の方が消極的になるというわけだ。ただしここは思考能力のあるヒトのことなので、日本のように「女性はおしとやかに」といった文化的な影響などもあるだろうし、子育ては簡単にできないといったことから性行為を拒否するといった判断も働くわけで、野生動物のように単純にはならないのである。研究が進めば、攻撃行動と性行動を切り離して、攻撃行動だけを抑制させることもできる可能性もあるというが、現在のところはその点はまだわかっていないという。

どちらにしろ、攻撃性というのは自分の身を初め、家族や仲間とか財産とか、不当な行為や暴力によって傷つけられたり奪われたりするようなことから、守るためにも必要なわけで、まったくなくなってしまうというのも危険な気はする。

ただし、加害行為に出てしまうのはよくないのは間違いのない事実である。繁華街や満員電車などでの小競り合い的なケンカから、過激なサッカーファン、いわゆるフーリガンのような死者も出るような暴動とか、悪辣なテロリズムまで、暴力も色々とレベルはあるが、それらが取り除かれれば、より安心・安全に暮らせるというものである。

さらに、女性や幼児・児童などへの親などの虐待もそうだし、学校でのイジメなどもあるだろう(もっともイジメの場合は、今は直接的な暴力よりも陰湿な傾向が強いわけだが)。それら全部が全部、脳内におけるE2の量の問題だけとは限らないかも知れないが、今回の研究が進むことで、そうした事実もわかってくるはずだ。

現段階でも、E2を服用しさえすれば攻撃性を抑えられ可能性があるわけで、研究が進めば、さらに精神を容易にそして影響なく落ち着かせられるような薬の作り方もわかってくることだろう。研究が進展して、それが実現することをぜひ期待したい。