名古屋大学(名大)は12月17日、ケンブリッジ大学と共同で、有機分子である導電性高分子の微結晶において、高い電気伝導性をもたらす金属状態の解明に成功したと発表した。

同成果は、名大 工学研究科の黒田新一教授、田中久暁助教、ケンブリッジ大学 キャベンディッシュ研究所の渡邉峻一郎博士らによるもの。詳細は、ドイツの科学誌「Advanced Materials」のオンライン版(Early View)に掲載された。

導電性高分子や低分子などの有機分子を用いたエレクトロニクスが注目され、有機トランジスタや有機太陽電池、有機EL素子などの開発が世界的に展開されている。導電性高分子の研究は、ポリアセチレン薄膜の合成や、その化学ドーピングによる高い電気伝導性の発現に端を発し、現在では、開発初期段階に比べてはるかに高い電気的性能を示す材料が創出されている。特に、高分子では結晶のように規則的に配列させることで、高い電気伝導性が得られると期待されるため、高分子の配列制御は素子の高性能化の重要な指針となっている。

一方で、ほとんどの高分子では、構造的な乱れを完全に抑制することは困難である。特に、化学ドーピングはドーパント分子による高分子の構造乱れを引き起こし、伝導性の低下を招く。また、このような高分子の構造乱れは、構造と電子状態の関係を読み解くことを困難にする。例えば、マクロな電気伝導測定から高分子の電子状態を正確に知ることはできない。そのため、高分子の高伝導化のメカニズムの解明には、ミクロな観点から構造や電子状態を知ることが不可欠である。さらに、従来の化学ドーピングで指摘されてきた、ドーパント分子の脱離を伴う伝導度の低下などの問題点も克服する必要がある。

研究グループでは、これまでに電子の持つ磁気モーメント(スピン)を高感度に検出できる電子スピン共鳴(ESR)法を用い、有機エレクトロニクス素子内のキャリアの電子状態をミクロに解明する手法を開発してきた。同手法により、高分子の構造乱れに影響されず、分子の向き(配向)とキャリアの電子状態を同時に決定することができる。最近、米国のグループにより、フッ化アルキルシラン(FTS)分子を用いた新しいドーピング手法が提案され、有機分子に安定的に電荷生成を行うことが可能となった。そこで、今回の研究では、極めて結晶性の高い高分子であるPBTTTにFTSドーピングを行い、電気伝導度とESRを同一試料で測定した。その結果、高伝導状態の起源が、配向のそろった結晶領域に生成される金属状態であることを解明した。

今回の研究で作製した高分子薄膜は、ガラス基板上で数十nmのサイズの微結晶を形成し、ドーピング前は分子面が基板に垂直に立つ、エッジオン配向と呼ばれる配列構造をとる。高分子薄膜をFTS分子の蒸気に曝露すると、高分子上にFTS分子が凝集し、自己組織的に薄膜が形成される。すると、高分子とFTSの間で高効率の電子移動が起こり、高分子薄膜に正電荷(キャリア)が生じる。FTSドーピングにより、高分子薄膜の電気伝導度は5桁(10万倍)以上増加し、真空中でも高伝導度が長時間持続するとしている。

(左)導電性高分子(PBTTT)とFTSの分子構造、およびドーピング機構の模式図。高分子上にFTSの自己組織化膜が形成されると、接合面で電子(e-)の移動が起こり、高分子に正の電荷(キャリア)が生じる。高分子は、ガラス基板上で数十nmのサイズの微結晶を形成する。(右)ESRと電気伝導測定を同時に行うための試料の模式図。ドーピングは、ESR試料管内で高分子薄膜にFTSの気体分子を作用させることで、簡便に行うことができる

FTSドーピングによる、電流-電圧特性の変化(対数表示)。図中の数値は、室温の電気伝導度を表す。ドーピング条件により明瞭な電流値の増大が見られ、最大でドーピング前の10万倍以上に増大する

ESR測定の結果、ドーピングによって生じたキャリアの信号が明瞭に検出された。ESR信号はピーク分裂した形状を示し、スペクトルシミュレーションにより、異なるg値(共鳴磁場)を持つ2種類の信号に分離された。これらの信号は、分子面が基板に垂直に立つエッジオン配向の領域と、平行に倒れたフラットオン配向の領域から生じている。フラットオン配向はFTSによる高分子の構造乱れに起因する。しかし、その割合は全体のわずか1%未満であり、FTSドーピングでは、高分子の結晶性がほぼ保持されることが分かった。

(左)FTSドーピングされた高分子薄膜のESR信号と、スペクトルシミュレーションによる信号分離(測定温度:4K)。磁場は基板に垂直に印加している。ESR信号は異なるg値(共鳴磁場)を持つ2つの成分に分離され、低磁場側がエッジオン配向、高磁場側がフラットオン配向の領域から生じる。(右)FTSドーピング後の分子配向の模式図。大部分の分子はエッジオン配向を保つが、少数の分子(1%未満)はFTS分子の作用により、分子面が基板上に倒れたフラットオン配向になる

ESR信号の解析から得られる、スピン磁化率とESR線幅は、キャリアの電子状態を読み解く重要な手掛かりとなる。金属の伝導電子のように非局在化したキャリアの場合、スピン磁化率(X)は、温度に依存しない一定値(パウリ磁化率)を示す。このとき、ESR信号の線幅は、温度とともに増大することが知られている。今回、FTSを高濃度にドーピングすると、明瞭なパウリ磁化率や線幅の増大が観測され、高分子が金属化していることが明らかになった。さらに、これらのパラメータの温度依存性を、異なる配向領域から表れた信号の間で比較したところ、エッジオン配向の領域のみでパウリ磁化率や、ESR線幅の増大が確認された。この結果から、高分子の金属状態は結晶領域においてのみ選択的に起こり、高い電気伝導性をもたらすことが明らかになった。

(a)ESR信号から得られたスピン磁化率(X)の温度(T)依存性。金属状態では、スピン磁化率は温度に依存しない(パウリ磁化率)ため、XとTの積は温度に比例して増大する。一方、局在したキャリアの場合、XとTの積は温度に依存しない一定値となる(キュリー磁化率)。エッジオン配向の領域のみで、金属に特有のパウリ磁化率が出ていることが分かる。(b)ESR信号の線幅の温度依存性。エッジオン領域では、伝導電子に特有な高温での線幅の増大が観測される(エリオット機構)

今回の結果は、導電性高分子の配列構造と金属状態の相関性を明確に示しており、高伝導性の発現には、結晶性の制御が重要であることが明らかになった。さらに、電気伝導度を詳細に測定すると、単にドーピング濃度を上げるだけではなく、微結晶のサイズを大きくし、高分子薄膜の均一性を向上させることが、高い伝導性を得る上で有効であることも分かってきた。これらの指針に基づき、今後、より高性能の有機エレクトロニクス素子が実現可能になると期待される。例えば、導電性高分子がドーピングにより脱色して透明になる性質を利用し、折り曲げ可能なディスプレイの透明電極に利用するといった用途などが考えられる。今後、多様な高分子材料や低分子材料に同手法を適用することで、様々な応用が促進されるものと期待しているとコメントしている。