早稲田大学(早大)は12月12日、集束イオンビーム(FIB)を使うことにより、局所的に細胞接着性の高い部分を持つ生体に優しいプラスチックの開発に成功したと発表した。

同成果は、日本原子力研究開発機構(JAEA)量子ビーム応用研究部門環境材料プロセシング研究グループの大山智子 任期付研究員、早大理工学術院の大島明博 客員准教授、鷲尾方一 教授、大阪大学(阪大)産業科学研究所の田川精一 招聘教授らによるもの。詳細は、米国の応用物理学専門誌「Applied Physics Letters」に掲載された。

FIB装置は、物理スパッタ作用によってSi基板や金属といった硬い材料を加工する装置だが、照射によって起こる放射線分解反応を利用することで、プラスチックの削り出し加工(ダイレクトエッチング)にも応用できることが知られている。

しかし、プラスチックは熱に弱いため、照射によって発生する熱で容易に変形してしまうため精密加工はこれまで困難であった。今回、研究グループは、FIBの照射条件を調整することで、熱に弱いプラスチックでも60nm幅の溝などの微細構造を±10nmの精度で加工することに成功したほか、ダイヤモンド・ライク・カーボン(DLC)様の表面を加工と同時に形成することで、局所的に高い細胞接着性を持たせることにも成功したという。

具体的には、治癒後に体内で分解・吸収される縫合糸やインプラントなどに使われており、生体適合性と生分解性を併せ持つ代表的な医用プラスチックであるポリ乳酸を試料として選択。ポリ乳酸フィルムに直径50nm以下に絞った加速電圧30kVのGa FIBを照射し、照射条件が加工精度に及ぼす影響を調べたところ、照射線量や線量率の増加に伴い加工できる深さは増すものの、徐々に表面が荒れたりエッジが丸くなったりと、加工精度が劣化してしまうことが確認された。

ポリ乳酸はガラス転移温度(約60℃)以上で容易に熱変形を起こすため、より加熱される加工条件(高線量・高線量率・大面積照射)や熱が拡散しにくい試料条件(厚い試料)においては精密な加工が困難であるためで、こうした加工条件の検討をもとに、線量率や試料の作製方法などの最適化により熱の効果を抑制することで、最終的に直径80nmの穴や幅60nmの溝を作ることに成功し、任意形状を精密に加工できることが示されたという。

FIBを用いたポリ乳酸の微細加工例。(A)が厚さ200nmのポリ乳酸に開けた直径80nmの貫通穴、(B)が厚さ80nmのポリ乳酸上に作った最小幅60nm、深さ約50nmの溝、(C)が厚さ80nmのポリ乳酸上に作った直径約500nm、深さ約50nmの突起構造、(D)が厚さ80nmのポリ乳酸上に書いた太さ100nm、深さ約50nmの文字列

さらに、照射により掘削した溝の底面の化学結合変化を、X線光電子分光法(XPS)を用いて分析した結果、照射によって炭素の二重結合(C=C)が増加していることが判明した。分かりました。これは、物理スパッタと放射線分解反応による分解物の脱離によって酸素と水素が減少し、試料表面がC=Cの割合によって細胞接着性の強弱が変わるDLC様の表面状態に変化したことを示すもので、この結果、FIBを用いた微細加工技術で、局所的に高い細胞接着性を付与した生体に優しいプラスチックを作ることが可能であることが示された。

今回の成果について研究グループでは、医療や医療応用に向けたバイオ研究における先端技術である医療マイクロマシンやlab-on-a-chip(ラボチップ)に用いる生体親和性材料の創製技術として今後の応用が期待されるとしており、今後もイオンビームや電子線、γ線といったさまざまな量子ビームを複合的に利用し、医療やバイオ研究に幅広く応用できる材料の開発を進めていく予定としている。

微細加工したポリ乳酸の掘削底面の化学結合変化。加工前のポリ乳酸に固有の3つのピーク(黒線)と比べて、加工後(赤線)には酸素との結合が減少し、284eVに観測される炭素の二重結合のピークが増大していることが分かる