沖縄科学技術大学院大学(OIST)は10月29日、同大学で開発したニューロンの活動をシミュレートするソフトウェア「STEPS」を使用して、ニューロンのネットワークについて画期的な発見をしたと発表した。

成果は、OIST 計算脳科学ユニットのIain Hepburn技術員、同・Haroon Anwar技術員らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、10月2日付けで「The Journal of Neuroscience」に掲載された。

脳のニューロンは化学的・電気的に互いに情報を伝達している。化学物質の伝達によってニューロン間のつながりが強まったり弱まったりし、また電気的なシグナル伝達によって脳全体に張り巡らされた無数のニューロンによるネットワーク上を瞬時に伝達を行うことが可能となっている。こうした過程は複雑に作用し合い、学習や記憶に関係していることが確認済みだ。

化学的・電気的シグナル伝達の強い相互作用を示す顕著な例が、脳の中で最大級のニューロンである「プルキンエ細胞」に見られる。プルキンエ細胞では、カルシウムの突発的な放出(バースト)が起こり、バーストがほかのニューロンとのつながりの強さや細胞全体の電位出力を影響する仕組みだ。しかし、バーストの大きさ・形状・持続時間にはばらつきが多く、不規則である原因はこれまで謎に包まれていたのである。

ヒトの脳に関する研究のため、実験には限界があり、詳細な研究を行うには計算論的アプローチが必要となるが、今までそうしたツールは存在していなかった。それを実現するべく、研究チームはソフトウェア「STEPS」を開発。STEPSは現在、最も有効的で綿密な分子シミュレータの1つといえるという。

こうしたシステムの解明には、「ノイズ」を除去したクリーンな結果をもたらす決定論的手法が歴史的に取られてきた。一転して、STEPSは「確率性」、つまり分子の偶然的な運動と関わりあいをシミュレーションの中に導入することで、より現実に近い計算結果を導くことができるのが特徴だ。

研究のカギとなったのは、複雑なニューロン構造における電気シグナル伝達を正確に計算する新たな手法の開発だった。この実現によって、これまでで最も詳細な細胞内シグナル伝達の分子モデルを構築することに成功したというわけである。イオンチャンネルの確率的な活動、およびカルシウム濃度の空間的・時間的変動性が、カルシウムバーストの大きさ、形態、持続時間に影響を与えることが明らかにされた形だ(画像1・2)。

シミュレーションが行われた、プルキンエ細胞樹状突起のさまざまな電位(画像1:左)とカルシウム(画像2:右)分布。横列は電位とカルシウム分布の変化を表し、縦列はトライアルごとの違いを表す。当初は電位・カルシウム分布のパターンは類似しているが、確立性による影響で時間が経つにつれトライアル間の違いが著しくなる

ちなみにOIST 計算脳科学ユニットでは、将来的に、STEPSを神経科学におけるより有効なツールとするために、スーパーコンピュータ上で応用するための研究を進めている。この研究は、スイス連邦工科大学ローザンヌ校を拠点とした世界的なプロジェクトである「ヒューマン・ブレイン・プロジェクト(HBP)」に参画する研究者たちの関心を引いた。

HBPは、スーパーコンピュータを用いてヒトの脳のシミュレーション行うことで、脳科学研究に変革をもたらすことを目的としているというものである。そしてOISTは、同プロジェクトに日本から参画している2機関の内の1つだ。同プロジェクトにより構築されるヒトの脳の詳細かつ実形状的モデルが、脳や精神疾患の理解を大幅に深めることが期待されている。また同プロジェクトでは、OISTとスイス連邦工科大学ローザンヌ校との連携により、STEPSシミュレータが脳内で起こる分子反応のモデル化に活用される予定だ。