海洋研究開発機構(JAMSTEC)は10月8日、マリンワークジャパン、早稲田大学との共同研究により、統合国際深海掘削計画(IODP)における地球深部探査船「ちきゅう」の第343次研究航海(東北地方太平洋沖地震調査掘削:JFAST)で得られた掘削コア試料を用いて、プレート境界断層と断層内にある地下水など、流体の挙動の関係を評価・解析(水理学的解析)した結果、東北地方太平洋沖地震プレート境界断層付近では非常に透水性が低く(水が通りにくい)、地層内に水が閉じ込められることから、地震断層の滑りに伴う摩擦発熱により流体の圧力が増加し、大きな滑り摩擦力低下(断層の滑り摩擦抵抗の減少:滑りりやすくなる)を引き起こすことによって、浅部プレート境界断層までの大きな滑りにつながることを解明したと発表した。

成果は、JAMSTEC 高知コア研究所の谷川亘研究員らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間10月8日付けで科学誌「Earth and Planetary Science Letters」に掲載された。

東北地方太平洋沖地震では、地震直後の震源域付近の海底地形と地殻構造の調査結果により、震源近傍の北米プレートが50m以上東南東へ移動したことや、地震を発生させたと推定される断層が海溝軸まで及んでいること、海溝軸付近の地層で地震発生時に大規模な応力の解放があったことなど、従来の知見では理解しがたいという現象が確認された。それまでは、海溝型地震はプレート境界断層深部の固着領域にひずみ・応力を蓄積し、それが破壊され、滑ることで巨大地震が起こると考えられていたのである。

そのため、断層が大きく変位した浅部プレート境界断層の掘削調査を「ちきゅう」でもって行い、得られるコア試料や地層物性データなどを分析することによって、このような現象の発生メカニズムを解明することが求められていた。

また海溝型巨大地震に伴う津波の発生は、プレート境界断層が深部から浅部にわたって大きく滑ることにより発生するという。東北地方沿岸における津波堆積物の分析や歴史地震の解析では、東北沖で過去にM8クラスの巨大地震が起きていたことを示す結果が認められている。一方で、掘削で得られた実試料などを用いた摩擦実験などによると、断層物質自体の摩擦の性質は、プレート境界浅部では滑りを促進させない安定滑りの性質(滑り速度が増加すると摩擦が増加する性質)を示すことから、50mにもわたる巨大滑りは発生しないと考えられていた。

そこで研究チームは、断層内部の流体の動きと地震の関係に注目して、地震時の摩擦発熱に伴う流体圧の増加が滑りり摩擦力を低下させ、浅部の滑りを促進させるという研究仮説を立てた上で、室内実験と数値モデルにより検証したのである。

なお、東北地方太平洋沖地震調査掘削では、巨大地震発生メカニズム解明の手がかりとして、海底地形が最も変動した、宮城県牡鹿半島沖合約220kmの海溝軸付近の地点(画像1、3のC0019地点、水深6889.5m)において掘削が行われ、北米プレート(上盤)と沈み込む太平洋プレート(下盤)の境界面を含む海底下850.5mまでの堆積物のコア試料が採取された(画像1~3)。

画像1(左):掘削地点。灰色矢印と数字:太平洋プレートの運動方向と年間速度。赤い星印:東北地方太平洋沖地震本震の震央。白線:地殻構造断面(画像2)の位置。 画像2(中):掘削地点の海底下構造概念図。海溝型地震はプレート境界断層深部の固着領域にひずみ・応力を蓄積し(黄色部分)、それが破壊され滑りることで巨大地震が起こると考えられていた。東北地方太平洋沖地震では、安定滑りの摩擦特性を示すプレート境界の海溝軸付近で大きな滑りが誘発され、海溝軸付近の海底が水平および垂直に大きく変動したことにより大量の海水を押し上げ、巨大津波が発生した可能性が指摘されている。 画像3(右):掘削位置の地殻構造断面図。鉛直赤線は掘削位置と大まかな掘削深度を示している

得られたコア試料を用いたプレート境界断層近傍の流体の移動しやすさ(透水係数)の評価が行われ、するとプレート境界断層は近傍の堆積物と比較して、はるかに低い透水係数を示すことが判明(画像4)。このことは、断層内部で流体の移動が難しいことから、摩擦発熱によって一時的に増加した流体圧が長時間保持され得るため、滑り摩擦力の低下を招くことを示唆している。さらに実験結果を基に、数値モデリングによって間隙水圧(プレート境界面にある地下水などの圧力)の変化を計算したところ、プレート境界断層浅部では、滑りと共に流体圧が急激に上昇し、摩擦が低下することが確かめられた(画像5。6)。

画像4(左):深度680~830m区間の透水係数の深度分布。透水係数が大きいほど流体が流れやすい。プレート境界断層は820m付近に位置する。 画像5(中):滑りに伴う断層の流体圧変化。 画像6(右):滑りに伴う断層のせん断応力変化。画像5、6共にプレート境界断層の深度の違いによる変化が示されている。流体圧の上昇は滑り摩擦力の低下、すなわち、断層の滑り抵抗の低下を招く

以上のことからプレート境界において深部の震源から始まった断層の破壊が浅部に伝わった時に、浅部で流体圧が急激に増加して、滑り摩擦力が急速かつ急激に低下した結果、浅部で大きな滑りが引き起こされると考えられるという。今後の研究成果と合わせて、東北地方太平洋沖地震で津波が巨大化した原因の究明が進むと期待されるとした。

今後は、これまでに得られたコア試料や地層物性データなどの解析を進めていくという。また、掘削孔内に設置した温度計(平成25年4月に回収)のデータ解析結果を踏まえ、室内実験で地震を模擬・再現したデータと比較するとした。それらを併せてプレート境界断層の摩擦特性を把握することで、海溝型巨大地震発生メカニズムの総合的な解明に取り組んでいく予定としている。今後の研究で得られる知見をプレート境界断層の滑り量シミュレーションに活用することで、将来発生が懸念されている東海・東南海・南海地震などの巨大地震およびそれに伴う津波の規模想定の高度化に資するものと考えているとした。