東京大学(東大)は10月4日、スピン配列が二次元的な特異な性質を有し、磁気的特性に強い量子効果の発現が期待される「二次元磁性体」について、理論が予測した量子状態と一致する新しい量子状態を観測することに成功したと発表した。

同成果は東大物性研究所 附属国際超強磁場科学研究施設の松田康弘 准教授、同大大学院新領域創成科学研究科 物質系専攻 修士2年(当時、2013年3月卒業)の阿部望氏、同大物性研究所 附属国際超強磁場科学研究施設の嶽山正二郎 教授、京都大学大学院工学研究科物質エネルギー化学専攻の陰山洋 教授、Theoretische Physik, ETH Zurich Research FellowのPhilippe Corboz氏、Institut fur Theoretische Physik, Georg-August-Universitat Gottingen ProfessorのAndreas Honecker氏、Institut fur Theoretische Physik, Georg-August-Universitat Gottingen Senior PostdocのSalvatore. R. Manmana氏、Lehrstuhl fur Theoretische Physik I, Technische Universitat Dortmund PhD StudentのGregor R. Foltin氏、Lehrstuhl fur Theoretische Physik I, Technische Universitat Dortmund EURYI FellowのKai P. Schmidt氏、Institute of Theoretical Physics, EPFL, Lausanne, Switzerland ProfessorのFrederic Mila氏らによるもの。詳細は、「Physical Review Letters」に掲載された。

物質は通常3次元で考えられるが、中には擬似的に2次元や1次元とみなせる物質群(例えば、二次元磁性体など)があり、そのような物質では量子性が際立ち、ニュートン力学や古典電磁気学では説明できない現象が観測される場合がある。そうした現象を実験で精密に捉え、理論計算と比較することは、量子力学の原理を用いたそれぞれの理論モデルが個々の自然現象を十分説明できうるか否かの検証という意味合いと、量子力学の原理を積極的に応用する量子デバイスの実現に向けての知識の蓄積という2つの側面で重要視されている。

そうした観点として、そういう性質を発揮する二次元磁性体を用いた研究が各所で進められてきており、中でも、ストロンチウム(Sr)、銅(Cu)、ボロン(B)、酸素(O)で構成される物質「SrCu2(BO3)2」は、Cuの持つ電子が微小な磁石(スピン)を有し、そのスピンが隣のCuのスピンと対(ダイマー)を作り、そのダイマーがS極とN極が逆に対向することにより、全体としては磁石としての性質を消しているといった特徴を持っている。

電子の微小磁石(スピン)は、最初は強い反平行状態にあるが、強磁場をかけると方向がそろう。このとき磁石としての性質が現れ、磁化はゼロから有限の値になる

この状態に強い磁場をかけると、普通ならいずれ磁石の方向がすべて磁場の方向に揃ってしまいダイマーが一度に全部壊れてしまうと考えられるが、同物質のダイマーは多段の非自明な壊れ方をすることがこれまでの研究から知られており、磁場で壊れたダイマーが、物質の中で規則正しく配列した新しい結晶のように振る舞うことによるものと理解されている。しかし、この振る舞いについて量子力学で説明しようと思うと、あまりに強力な磁場が必要となることから、10年以上もの間、その磁気的な性質がその飽和状態の3分の1の状態(3分の1領域)における振る舞いの解明までにとどまっていた。

SrCu2(BO3)2の結晶におけるCuBO3二次元平面の模式図。Cuイオンは図の青線で模式的に示したように、電子スピン対(ダイマー)をつくる

今回、研究グループは、破壊型磁場発生法の1つである「一巻きコイル法」を用いることでSrCu2(BO3)2の磁化測定を従来の70Tから118Tへと大幅に引き上げることに成功。これにより、これまで未解明であった2分の1領域に存在する磁化プラトー(磁化の値が平坦になること)と呼ばれる量子状態をはじめて完全に観測することに成功したという。

SrCu2(BO3)2の磁化過程。赤線で囲った黄色の部分が今回新しく観測できた領域。1/2量子状態のプラトー長さは1/3プラトーの7割程度であり、完全に平坦にもなっていないことから1/2プラトーの安定性は1/3プラトーのものより弱いことがわかる

今回用いられた一巻きコイル法装置は100Tを超える磁場発生が可能な装置の1つであり、世界に4台しかないものだという。磁場発生コイルは磁場発生時に破壊されるが、測定試料などは無傷で残り、30分程度のコイル交換によって繰り返し実験することが可能だという。また、量子力学に従った精密計算を実施した結果、観測された2分の1磁化プラトーが計算によって再現できることも確認したという。この計算において、同物質におけるCuダイマーの性質を決める重要な量子パラメターである、相互作用JとJ'の比J'/Jを0.63と決定することにも成功したという。この値は、これまでに予想されてきた値と近く、未踏強磁場領域での極限的な状況下でも、量子力学の原理に従って電子スピンが振る舞うことが証明されたことを意味する。

一巻きコイル法で用いる内直径が14mmの磁場発生コイルの写真。左は磁場発生前、右は磁場発生後

加えて計算から、2分の1プラトー状態の周辺にこれまでに発見されていない新規な量子状態が予測されており、研究グループでは、今後のさらなる精密実験からそれらを検証することが今後の新たな課題になるとコメントしている。

なお、今回の成果について研究グループでは、二次元磁性体の持つ量子性の理解に貢献し、新たな量子デバイス実現につながるものと期待されるとコメントしているほか、今後、欧米各国でも100T超の強磁場での研究が本格的に展開されることが予想されることから、そうした極限強磁場下での物理の研究に大きなインパクトを与えるものになるとしている。