大規模災害時に、電気や水道、ガスといったライフラインが絶たれることで、住民はおろか、いざという時にサポートする役割の自治体もその機能を失ってしまう。そのライフラインの1つである「通信」について、災害時のWi-Fi運用に関する実証実験が、9月1日に岩手県釜石市で行われた。

今回、実証実験に至った背景にはKDDIから釜石市に出向している同市 総務企画部 広聴広報課の石黒 智誠氏の存在がある。KDDIで東日本大震災に関する復興支援を取りまとめている復興支援室の阿部 博則室長や、実証実験の旗振り役となったコンシューマ事業企画本部 TFオフロード推進室の大内 良久室長、そして石黒氏の3名に今回の取り組みについて話をうかがった。

釜石市 総務企画部 広聴広報課 石黒 智誠氏(左)とKDDI 復興支援室 阿部 博則室長(右)

災害時のWi-Fi運用に関する実証実験の詳細は、該当記事を参照していただきたいが、実証実験が釜石市に決まった理由にはいくつかの理由がある。

1つは、釜石市が東日本大震災を通して得た教訓だ。震災が起きた3分後の2011年3月11日の14時49分に最初の大津波警報(3m)が発令された。15時20分に3mの津波が押し寄せ、この段階で沿岸部の防災無線施設などが破壊され、市内への津波警報周知ができなくなってしまったという。

その後、津波警報は10mとなり、全国民の知る被害に至ったことは2年半経った今でも記憶に残っている人も多いのではないだろうか。この被害により、震災によって釜石市で亡くなった人の数は888名、行方不明者数も152名となっている。

震災以前から釜石市では、高齢化が進む地域だからこそICTの活用が今後重要になると認識しており、市内全域の光ファイバー網導入を目指していた。震災によって、スケジュールは一部ずれ込んだものの、現在では光ファイバー網の構築を完了している。

しかし、有線では寸断リスクがあり、実際に釜石市でも東日本大震災の時には、数km奥地であっても断線が起きていた。市役所が津波によって利用できず、緊急の災害対策本部となったシープラザ釜石でも、電話連絡すらできない状況に陥っていたという。

今回のWi-Fiを利用した実証実験と話を照らし合わせて考えてみると「(Wi-Fiルータの先にある)有線が切れてしまえば、使えなくなるのではないか」という印象を受けるかもしれない。ただ、Wi-Fiを設置するポイントは、各避難所などの大型施設であり、バックボーンとして携帯キャリアが提供する3G/LTEインフラを活用するケースも考えられる。

実証実験のキーポイントは、Wi-FiアクセスポイントのSSIDなどを共通化する取り組みであり、Wi-Fiという存在が誰でも簡単に扱えるようになることが最重要課題でもある。その点について、釜石市の石黒氏は「都心部にいた時には気付かなかったこととして、高齢者の方々かWi-Fiについて殆ど理解できていないという点がある」と語る。

「スマートフォンの普及率も低いが、"無線LAN"や"Wi-Fi"という言葉が理解できていない。それ以前に認知していない方も多い」(石黒氏)

"Wi-Fi"という言葉を認知してもらっても、その先の「どういう機能を持っているのか」という第2の壁も存在する。都心部と地方では、このようなITに関する知識格差も未だに多く存在するという。

復興支援室は地方自治体とのゲートウェイ

震災をきっかけとして、この格差を是正し、地方へのICT活用を促進させるべく行われたのがKDDIからの出向であると復興支援室の阿部 博則室長は語る。

「復興支援室は2012年に立ち上がり、4名の社内公募枠に応募者が殺到した。自治体への人的派遣は以前からやりたいと考えていたが、自治体側の人的リソースが足りない、そもそも民間からの出向受け入れの前例がなく、受け入れ態勢が取れないといった課題も多くあった」(阿部氏)

しかし、そんな中でも釜石市はKDDIの出向を受け入れ、昨年の10月1日に石黒氏が市役所職員として働くこととなった。

「最新の技術を活用することは、コストもかかるが、情報処理効率が飛躍的に向上する。通常業務だけではなく、もちろん復興促進に繋がるし、そういう話を理解してくれる人員が自治体に入ってくれることは大きい」(阿部氏)

もちろん、KDDIが一方的に押しつけるだけではなく、石黒氏が自治体側のニーズをフィードバックすることで、課題解決を図る。

石黒氏は「私は市の職員として働いているし、市役所内のシステム運営も行っている。ICTソリューションの導入はその役割の1つであるし、自分だけでは理解できない部分もある。私がゲートウェイとなって話をできる環境ができたことが、一番良かったのではないか」と話す。

無線LANビジネス推進連絡会

KDDI コンシューマ事業企画本部 TFオフロード推進室の大内 良久室長

無線LANビジネス推進連絡会についても、復興支援室が果たす役割は大きい。

「石黒の話をKDDIにフィードバックした結果、災害時における無線LANの在り方をどうすべきか、そして周知方法も含めた取り組みを検討するようになった」とKDDIの大内 良久氏は語る。

自治体との連携は、Wi-Fiに限らず、災害時の車載型基地局配備地域のセッティングなどでも重要だ。東日本大震災の際は、無線LANの運用について各携帯キャリアが統制を取ることができず、1つの緊急避難所に複数キャリアのWi-Fiルーターが設置されていた。

一方で、Wi-Fiルーターが設置されておらず、3G/LTE電波が届かない通信が断絶された避難所もあり「自衛隊からも通信がどこで使えるか分からないという声もあった」(大内氏)。

そのような声もフィードバックした上で、今回の取り組みへと繋がったわけだが、災害時を想定した今回の実証実験は始まりに過ぎないという。

「Wi-Fiの提供で通信インフラを確保したときに、災害情報を集約するポータル画面を表示する案がある。その一方で、いざという時に、被災者が普段通りにスマートフォンを利用できないことが、不便に繋がる可能性もある。ユーザーの声を聞き、現場でやってみなければ分からないこともあるため、次の展開はこれから」(大内氏)

災害ポータル

「平常時から共通SSIDの利用を促すことで、Wi-Fiへの理解を深めてもらう」といった話も取材の中で飛び出したが、実証実験の結果を含めて"災害時の通信のあり方"はまだまだ議論が必要なのかもしれない。