日本原子力研究開発機構(JAEA)は9月19日、東北大学 金属材料研究所、同大 原子分子材料科学高等研究機構と共同で、アルミニウムを主原料とする合金を用いて侵入型水素化物の合成に成功したと発表した。

同成果は、JAEA 量子ビーム物性制御・解析技術研究ユニット 高密度物質研究グループ 齋藤寛之副主任研究員、片山芳則主任研究員らによるもの。詳細は、米国科学誌「APL Materials」に掲載された。

クリーンエネルギー社会の実現に向け、水素を利用した技術が注目されているが、課題の1つに貯蔵方法の問題がある。水素の貯蔵には、安全に必要な量をすぐ取り出せて、簡単に再充填可能、軽量かつコンパクトであるなど、多くの性能が要求される。しかし、これらすべてを満たす方法が見つかっていないため、研究が進められている。現在、開発が進められている水素を燃料とする燃料電池自動車では、高圧水素ガスタンクが水素貯蔵容器として用いられているが、体積が大きく安全上の問題が残されている。このような状況で、水素化物を利用した水素貯蔵法は、これらの問題を解決することのできる次世代技術として注目されているが、十分な性能を発揮できる材料はまだ開発されていない。また、アルミニウムは資源的に豊富な軽金属のため、燃料電池自動車への搭載において軽量な水素貯蔵材料を実現するための有望な原料の1つと考えられている。

アルミニウムを主原料とする水素化物の開発は、これまで技術先進国を中心に広範に取り組まれてきた。軽量かつ高い密度で水素を蓄える代表的な材料としてアルミニウムの錯体水素化物が挙げられるが、水素の吸収と放出のいずれの機能も備えた材料を実現するには至っていない。一方、多くの金属・合金は錯体水素化物とは性質の異なる侵入型の水素化物を形成することが知られているが、軽金属アルミニウムを主原料とする侵入型の水素化物の合成に成功した例は報告されていない。このため、アルミニウムを主原料とする侵入型水素化物の合成に成功できれば、軽量な水素貯蔵材料の探索が飛躍的に進むと期待される。

そこで、今回の研究では、数百℃、10万気圧の高温高圧下で極めて反応性が高い水素流体状態を作り、アルミニウムを主原料とする侵入型の水素化物の合成を実現することを目指したという。高温高圧下で新しい物質を合成するための条件を見いだすことは非常に困難だが、大型放射光施設SPring-8における放射光その場観察実験によって合成条件を迅速に決定することに成功した。アルミニウムと銅の合金であるAl2Cu合金の粉末を高温高圧水素流体と直接反応させることで侵入型水素化物の合成を試みた。高温高圧の発生と放射光その場観察実験は、大型放射光施設SPring-8のビームラインBL14B1に設置されたマルチアンビルプレスと呼ばれる装置を用いて行われた。温度と圧力を変化させながら放射光その場観察により試料の様子を観察することで、水素化反応の有無を調べることができる。

放射光その場観察は、X線回折法と呼ばれる手法によって行われた。合金や水素化物中では原子が規則正しく並んでいる。X線回折では、原子の並び方の間隔、すなわち面間隔に対応したところにピークが現れる。この面間隔と回折X線の強度の関係をX線回折プロファイルと呼ぶ。合金が水素化されて原子の並び方が変わると、このピークが違った位置に現れることになる。今回の実験では12秒おきにX線回折プロファイルの記録を行った。

図1 今回の研究で使用した装置の模式図

Al2Cu合金が水素化される前後の様子を放射光その場観察で調べた結果、図2のように、10万気圧、約800℃に到達直後に記録されたプロファイルは、約60秒後から青丸で示した面間隔の位置に、新しいピークを示すような変化を始めることが分かった。これは、水素化反応によって原子の並び方が異なった水素化物ができ、その量がだんだんと増えていくことを示している。つまり、高温高圧下で合成された水素化物Al2CuHは、常温常圧に回収することができた。さらに、回収された試料の分析と第一原理計算から結晶構造を調べると、図3のように、Al2Cuの金属格子の隙間に水素が入った侵入型水素化物が形成されていることが明らかとなった。第一原理計算から水素原子と金属との結合状態を解析した結果も、この水素化物が侵入型の水素化物であることを強く支持するものだったという。

水素化物の結晶構造が明らかになった上で、もう一度、放射光その場観察の実験結果と水素化反応による原子の並び方の変化を詳しく見てみると、図2右の模式図は、図3の結晶構造を上から見た状態で、水素化反応前では図2右下のように4個のアルミニウム原子に囲まれた緑色の菱形部分に隙間が存在している。水素化反応が起きると、アルミニウム原子が水色の矢印で示したように動くことで、図2右上のように緑色の菱形部分の隙間が大きくなり、その隙間に水素が侵入していることが分かった。

図2 放射光その場観察により得られた水素化反応前後のAl2Cu試料からの粉末X線回折プロファイルと、対応する原子の並び方を示した模式図。原子の並び方は図3の結晶構造を上から見たものの一部を示している

図3 Al2CuHの結晶構造。Al2Cuの金属格子中の隙間に水素が入った侵入型水素化物であることが明らかとなった

今回の研究によって、アルミニウムを主原料とする侵入型の水素化物が合成できることが明らかになった。今後、同様の手法によって多くの種類のアルミニウムを主原料とする侵入型水素化物を実現できるようになると期待される。例えば、合金中の銅の一部を他の類似金属に置き換えることで、別の水素化物が開発可能になる。アルミニウムを主原料とする多種多様な侵入型の水素化物を合成することができれば、水素貯蔵特性の高度化が図られ、軽量で安価なアルミニウムを主原料とした高性能な水素貯蔵技術を実現するためのブレークスルーがもたらされるとコメントしている。