ロボットはあと10年は人には勝てない

ここまで読んで、浦特任教授のことを水中ロボットの第一人者と紹介したことから、陸上のロボットに関しては専門外では? と疑問に思う方もいるかも知れない。実は、浦特任教授は水中ロボットばかりを研究開発しているわけではない。実際、現在は「トマトに関するロボット」も開発中だ。しかし、ここでも「収穫」に関しては農家の人たちにまったく勝てないのが現状だという。「あと10年は人には勝てないんじゃないかな」というほど、人間は優秀なのである。「そうすると、人から置き換えるのではなく、人ができないことをやるようにしないと、ロボットの意味がないよね」というわけである。

そこで、実は「収穫ロボット」ではなく、「受粉ロボット」を開発しているのだという。受粉の方が実はロボットにとって優しく、現状ではハチを使っているため受粉の時期は農薬を散布できないのだが、ロボットを使うことで農薬を散布できるようになる点がメリットであり、そこでロボットを望む話が出てきたというわけである。ただし、収穫ロボットの研究も続けていて、2014年12月には「トマト穫りロボット競技会」を北九州のお膝元で開催する計画だとした。これを読んだ興味のある方は、ぜひ参加を検討していただきたい。

さらに、浦特任教授は続ける。「ロボットを研究開発する人たちが、ロボットが対象とするもの、つまりロボットがいったい何をするかということが重要ですね。例えば僕らの水中ロボットたちは、「海底の熱水鉱床を観察しに行く」(画像13)という具合で目的がはっきりしている。もちろん、有人潜水艇でももちろん熱水鉱床を見に行くけど、それにはお金がかかりすぎるのでそういつも行えない。かといって、先ほどもいったように、深すぎてダイバーが直接潜るのも無理。つまり、予算面と技術的・物理的な面からいって、ロボットしか行けないわけで、そこで何か新しいものを発見できたらロボットの存在意義があるんですよ」という。ロボットの開発、そして運用目的がブレてしまってはダメということだ。

画像13。TUNA-SANDが発見したチムニー(東大生研時代の浦研究室のホームページより抜粋)

「サービスロボットがなかなかうまくいかないのは、人という自然のものを相手にしているということが大きな理由なんです。自然を相手にするというのはとても難しくて、だから人と競争するとなかなか勝てない。その点、水中ロボットは人とは競争しなくて、ロボットにしかできない分野なんですよ」と、水中ロボットがなぜ活躍できるのか、という点を説明する。

「ロボットを研究開発する時は、当たり前といえば当たり前だけど、何を相手にするのか、どんなことに使うのかをよく考えることがとても重要。ロボットがニッチを得るには、どういうことに使うのか、その目的のことを研究者がまずわかっていないといけない。「海底の熱水鉱床を観察しに行く」ということだったら、海の中、海底はどうか、熱水鉱床とはどういうものか、ということがわかっていなかったら、水中ロボットをどう作っていいのかがわからなくなってしまう。でも、ちゃんとそれを把握していれば、どんなコンセプトでどんな性能のロボットを作ればいいかがわかってくる」と続ける。

「それをサービスロボットに当てはめたら、例えば寝たきりの方を抱きかかえるとしても、ものを持ち上げるのではないのだから、どこに手をやってどれだけ力をかけてどう持ち上げればいいか、というのを考える必要がある。ただ、力が出るロボットを作ればいい、というのではうまくいかない」とした。

ロボットが何を相手にするのかを考えることが重要

また、さまざまなロボコンについても言及。「今の多くの若者たちが参加しているロボコンは、全部設計された中でやっている。こういうレギュレーションがあって、飛ばして何とかする、とか。それはすべて人工物が対象。でも実際のところのロボットの利用を考えると、自然物が対象となる。例えばトマトを収穫するのだったら、トマトは赤いトマトだけではない。熟している途中で赤くなってない緑っぽいものもある。また、硬くなっている度合いも異なるから、力加減が一定だと間違えてつぶしてしまう可能性もある。またトマトは一房に6個ほど実がなるけど、それぞれの熟している度合いを判断して1つ1つ切っていかないとならない(画像14)。このように、対象のことをきちんと把握しないと、良いロボットはできない。そして僕としては、その対象物は、人工物ではなく自然物でありたいと思っているわけ」と、ロボコンは自然物を対象にする方が、より実際のロボット開発に役立てる可能性が高いという。

画像14。いうまでもなくトマトは自然のものであり、ロボットに熟し具合などを判断させるのは技術がいる

また、「ロボットの研究者は自然物に対する興味を持ち、自然というものを理解した上で、より良いロボットを作っていく必要がある。そういうことを理解せずにただ単に自分の思い込み的な「ロボットはこうだ」というイメージだけで作っていたのではダメで、どんなことをするためにどう作るかが大事。何をするか、ということがわからなければダメ。例えば、GPSを利用して道路に沿って走りましょう、というだけでは基礎としてはもちろん必要だけど、それだけではつまらない。そこからさらに、ロボットの研究者としては自然に対してどうすべきか、というのを考えるようになってほしいというのが、僕の願いですね」とした。

「自然を対象としたロボコンを高校生や大学生にやってほしいから、トマト収穫ロボットの研究は今は教育が目的。トマト収穫ロボットの実現まではあと10年はかかるだろうから、今は教育として活用する。農家の人たちに勝とうというのは別で。だから、水中ロボコンも今のところはこうしてJAMSTECのプールを借りてやらせてもらっているけど、厳密には人工環境だけど、やはり普通の陸上でのロボコンとは違う。水の中ということで、少しは自然に近いというか(画像15)。もちろん、自然環境で開催はしてみたいけど、今のところはまだまだ難しい。どちらにしろ、ロボットの最終的な形というのは、人も含めた自然物を対象としてやっていくということじゃないかな」とする。どれだけ自然を相手にきちんと対応していけるようになるかが、今後のロボット開発のポイントというわけだ。