慶應義塾大学(慶應大)は9月5日、仏国カレッジ・ド・フランス、ストラスブール大学、米国カリフォルニア大学サンディエゴ校、福島県立医科大学との共同研究により、低酸素環境下で安定化し機能を発揮するタンパク質「HIF1α(hypoxia inducible factor1alpha:ヒフワンアルファ)」が、閉経後の骨粗しょう症の発症に重要な働きをしていることを解明したと発表した。

成果は、慶應大医学部 整形外科学教室の研究チームの宮本健史特任准教授、同・戸山芳昭教授らの国際共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、9月9日付けで米科学雑誌「米科学アカデミー紀要(PNAS)」に掲載された。

閉経後骨粗しょう症とは、閉経後の女性に起こる骨密度低下などにより骨折の危険性が増加した状態のことで、約1300万人といわれる日本の骨粗しょう症患者の多くを占めている。また閉経後女性の約4人に1人、80歳以上の女性では2人に1人が骨粗しょう症だという。

さらにちょっとした転倒などで発生し、起立歩行不能となるため手術に至ることが多い「大腿骨近位部骨折」の発生件数も1年間に19万件にも達しており深刻な状況となっている。これは、骨粗しょう症が大きなリスク要因だ。大腿骨近位部骨折は寝たきりや認知症の大きな誘因となり、死亡率をも悪化させることが明らかになっていることから、その原因となる骨粗しょう症の治療は不可欠なのである。

これまでのところ、閉経後に骨粗しょう症が発症することや、閉経に伴って骨を吸収して古い骨を破壊することを役割とする「破骨細胞」が活発化することが確認されていた。しかし、その根本的なメカニズムは不明のままだったのである。

HIF1αは、酸素がある環境では分解されているが、低酸素環境下ではタンパク質として安定化して機能を発揮する転写因子で、研究チームは今回、そのHIF1αに着目して研究を進めることにした。破骨細胞が存在する骨の表面は、非常に酸素濃度が低い「低酸素領域」だ。

閉経前のマウスを用いた実験では、破骨細胞にはHIF1αのタンパク質がほとんど検出されないことが判明した一方で、閉経後に卵巣が機能を失うためにそこからの分泌がほぼなくなる女性ホルモン「エストロゲン」の欠乏による骨粗しょう症状態となったマウスでは、破骨細胞にHIF1αのタンパク質が強く検出されるようになったのである(画像1・2)。

閉経により破骨細胞内にHIF1αが検出されるようになる。画像1(左)は閉経前のマウスの骨で、画像2は閉経後のもの。画像2で黄色く見える部分(白の矢印)が、閉経後に破骨細胞中に出てきたHIF1α

そこで、破骨細胞においてHIF1αを欠落した「破骨細胞特異的HIF1α欠損マウス」で同様にエストロゲン欠乏による骨粗しょう症モデルを作製して見ると、破骨細胞の活性化や骨量の減少が起こらなくなることが明らかになった(画像3・4)。

さらに、低酸素状態で安定化するHIF1αのタンパク質をエストロゲンが安定化させないこと、HIF1α阻害剤を投与すると閉経後でも骨密度がかえって増加し、エストロゲン欠乏による骨粗しょう症の発症が完全に抑制できることがわかった(画像5・6)。

破骨細胞特異的HIF1α欠損マウスは閉経による骨密度減少が起こらない。大腿骨を20等分して20箇所で骨密度を測定して見ると、画像3(左)の正常マウスは閉経により骨密度が低下する。しかし、画像4の破骨細胞特異的HIF1α欠損マウスでは閉経しても骨密度の低下が起こらない

HIF1α阻害剤投与マウスは閉経による骨密度減少が起こらない。大腿骨を20等分して20箇所で骨密度を測定して見ると、画像5のHIF1α阻害剤を投与しないマウスは閉経により骨密度が低下する。しかし、画像6のようにHIF1α阻害剤を投与すると閉経しても骨密度が低下せず、むしろ増加することがわかる

こうして、閉経後の骨粗しょう症の発症には、エストロゲン欠乏により破骨細胞で安定化するHIF1αが重要な働きをすること、またHIF1αが閉経後骨粗しょう症の治療標的となることが判明したというわけだ。今回の研究成果は、これまでわからなかった閉経後の骨粗しょう症の発症機構を明らかにしたばかりではなく、その治療標的をも同定した画期的な発見であるという。

画像7は、閉経後の破骨細胞の活性化と骨粗しょう症の発症メカニズム。(1)閉経前は卵巣からのエストロゲンにより破骨細胞のHIF1αは常に抑制されている。(2)閉経に伴うエストロゲン欠乏によりHIF1αが破骨細胞の中で安定化する。(3)その結果、破骨細胞が活性化して骨密度の低下から骨粗しょう症へと進行するというわけだ。

画像7。閉経後の破骨細胞の活性化と骨粗しょう症の発症メカニズム

これまでの骨粗しょう症の治療剤は、骨粗しょう症の分子的な発症機構の解明に基づいて開発されたものではない。これまでの薬剤開発は、閉経後骨粗しょう症モデル動物に実際に投与することでその効果を確認していたため、試せる候補薬剤の数が限られ、効果の評価にも時間と費用がかかっていたが、今回の成果により、今後は試験管の中で破骨細胞のHIF1αタンパク質への抑制効果を確認することでスクリーニング(多数の候補の中から目的のものを探すこと)できるようになる。

このことは、これまでとは比較にならない数の骨粗しょう症治療剤の候補薬剤を短期間に、しかもその効果の強弱を含めてスクリーニングできることになるので、今後はこれまでにない優れた骨粗しょう症治療剤が開発されることが期待されるという。

また、現在、骨粗しょう症治療剤の多くが輸入されているが、このスクリーニング法と新たな骨粗しょう症治療剤としてのHIF1α阻害剤は現在特許出願中であり、日本発の骨粗しょう症治療剤開発のきっかけになることも期待されるとしている。