北海道大学(北大)と理化学研究所(理研)は9月6日、遺伝子発現の情報を生きた細胞内で化学的に増幅して検出する分子プローブを開発したと発表した。

同成果は、同大大学院薬学研究院の阿部洋 准教授(前 理化学研究所 伊藤ナノ医工学研究室 専任研究員)、岐阜大学 工学部 生命工学科の柴田綾 特任助教(前 理化学研究所 伊藤ナノ医工学研究室 基礎科学特別研究員)、理化学研究所 伊藤ナノ医工学研究室の鵜澤尊規 研究員、伊藤嘉浩 主任研究員、北大 大学院薬学研究院の周東智 教授らによるもの。詳細は国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載された。

DNAを温度サイクル装置(PCR装置)で増幅し、蛍光プローブを用いて高感度にリアルタイム検出する技術である「リアルタイムPCR法」は、RNAを細胞から取り出してDNAに変換するための時間とコストがかかること、細胞からRNAを抽出する際にRNAが壊れるなどして情報が失われる恐れがあることなどの問題点があり、細胞からmRNAを抽出し、逆転写して得られたDNAをリアルタイムPCRで検出することで、細胞中の遺伝子の発現量を解析するといったことができなかった。

もし、細胞からRNAを抽出するのではなく、直接生きた細胞内で、特定のRNAを検出する方法が実現できれば、次世代の遺伝子診断法として、活用が期待されるが、細胞中に数コピーしかないRNAの情報を、細胞が死なない温和な条件下で蛍光シグナルとして増幅することが必要となるなど、技術的な課題が多く、実現は難しかった。

今回、研究グループは、生細胞中で、酵素を用いず標的RNAを認識して蛍光シグナルを発するプローブを新たに設計・開発、実際に生細胞内で蛍光シグナルが検出できるかどうかの実験を行った。

プローブで実際に、生細胞中に数コピーしかないRNAを検出するためには、検出シグナルを増幅する必要があることから、RNAと結合した後速やかに蛍光を発し、その後、速やかにRNAから離れて、次のプローブが反応する余地を作ることで、1分子のRNAに対し、多数のプローブが反応し、大きな蛍光シグナルを得ることができると考えられてきたが、従来型の検出プローブでは、化学反応速度が遅いため、十分にシグナルを増幅することができなかった。そこで今回、研究グループでは新たに化学反応速度の速い遺伝子検出法として芳香族求核置換反応を利用した系を開発。

こうして開発されたプローブは2-シアノ-4-ニトロベンゼンスルホニル(CNs)基で保護したアミノクマリン(AMCA)を修飾した「CNs-AMCAプローブ」と、チオフェノール基で修飾された「MBAプローブ」の2本1組で構成され、プローブの端には任意の配列のDNA鎖(あるいはRNA鎖)を結合させることができる仕組みとなっている。

具体的には、DNAやRNAを構成する4つの塩基はそれぞれアデニンとチミジン(ウラシル)、グアニンとシトシンが必ず対になる性質があり、その性質を利用して、標的RNAに相補的なDNA鎖をプローブに連結させることで、標的RNAに2本のプローブが結合し、プローブ間の距離が近接すると、芳香族求核置換反応が生じCNs基がAMCAから外れ、その反応の結果、AMCAが蛍光を発するという機構が採用されている。

鋳型反応によるシグナル増幅のイメージ図。無蛍光のプローブが1本鎖の標的核酸鎖の相補部分に結合すると、プローブ間で化学反応が起こり蛍光を発生し、その後、プローブは標的核酸鎖から解離する。反応前後でプローブと標的配列との結合力は変化せず、プローブの量を標的核酸に対し十分多く与えると、フリーになった標的核酸鎖には別のプローブが結合することとなり、このサイクルを繰り返すことで、蛍光シグナルを蓄積することが可能となる

実際に、意図通りに化学反応が起こってAMCAが生成されるかどうかの検討のため、特定の配列のDNA(標的DNA)と、そのDNA配列と相補的なDNA鎖を持つプローブを、濃度が1対1になるように液中で混合し、蛍光シグナルの測定を行ったところ、標的DNAが存在する条件では、時間経過とともに、化学反応が進行してAMCAが生成していることが確認されたという。

芳香族求核置換反応を利用した遺伝子検出の結果。上の図は、実験に使用したプローブと標的DNAの配列。下の図は、AMCAの生成率の時間変化。50nMプローブと50nM標的DNAを試験管内で混合し、プローブから発生する蛍光シグナルをもとにプローブの反応収率を計算。その結果、標的DNAが存在する場合(青線)、時間経過とともに反応が進行し、60秒後には反応がほぼ完了した。一方、標的DNAが存在しない場合、反応はまったく進行していないことが確認された

また、AMCA生成率は60秒後には頭打ちとなり反応が完結することが確認されたほか、標的DNAがない場合においては、AMCAが生成されないことも確認されたことから、同プローブは従来法と比較して反応速度が速いことに加え、標的が存在しない場合に副反応が起こりにくいため、シグナル/ノイズ比が高いことが判明したという。

さらに、低濃度の標的DNAを検出できるかの検討に向け、プローブ濃度を変えずにDNAの量を変えて混合を行い、15時間後の蛍光を検出したところ、試験管内で0.5pM(生細胞内で1分子のDNAに相当)の微量の遺伝子を検出することに成功したほか、同条件下では、15時間でDNA1分子に対して1500個のプローブが結合して蛍光シグナルを発することが確認されたという。

微量遺伝子の検出および反応回転数。プローブ濃度を50nMに固定して、標的DNA量を変化させた場合のそれぞれのプローブの反応収率を計算したもの。グラフは15時間後のプローブの反応収率と、それを基に標的DNAに対してプローブが何回反応したかを数値(反応回転数)で示しており、標的DNAが0nMの条件で得られた値が非特異的に起こった反応の収率となる。この値をしきい値として反応回転数を計算したところ、標的DNA量が少なくプローブが過剰となる条件下では、より多数のプローブが標的DNA上で反応する結果となった。これにより、0.5pM標的DNAにおいて約1500回の化学増幅反応が起こることで、微量な標的DNAでも有意なシグナルを検出できることが明らかとなった

加えて研究グループは、こうした調査から得た成果を元に、生きた大腸菌内のRNAを検出できるかについて実際に実験を実施。標的には、細胞中にもっとも多く含まれるRNA配列を選択したほか、大腸菌の細胞壁はそのままではプローブなどの大きな分子を通さないことから、大腸菌が死なない程度の薄い界面活性剤で大腸菌を処理してから、1μMプローブと10分間混合し、その後、大腸菌の蛍光画像を顕微鏡(倍率:×60、露光時間:1秒)で撮影を行った結果、標的RNA配列と相補的なDNA鎖を持ったプローブを混合した時に限って、AMCA由来の青色の蛍光を観察することができ、ランダムな配列のDNA鎖を持ったプローブや、一方のプローブのみを大腸菌内に導入した場合では、蛍光はまったく観察されなかったという。また、界面活性剤で処理し、プローブを投与した大腸菌は、その後、培養用培地に移すことで問題なく生育することも確認されたという。

大腸菌内の遺伝子検出。上の図は、大腸菌に投与した際のプローブの挙動を模式化したもの。下の図は、生きた大腸菌に、23SrRNAを標的とするプローブを投与したもので、標的配列に相補なマッチ配列のプローブを用いた場合(最左)には蛍光シグナルが観察された一方、標的RNAの配列に結合しないミスマッチ配列プローブを用いた場合(最左から2つ目)には蛍光シグナルは観察されなかった

これらの結果、新開発のプローブは生きた細胞内で配列選択的に遺伝子を検出できることが示されたが、研究グループでは、さらに実用性を高めるためには、青色のみではなく、さまざまな色のプローブにより同時に複数標的を観察することを可能にする必要があるとしており、同技術の活用により、将来的には、脳神経細胞内でRNAがどのように局在化しているかなどをリアルタイムで検出することが可能になるほか、細胞内の遺伝子の発現状態を生きたまま読み取ることができるようになることで、対象細胞の2次利用も可能となることから、再生医療の分野において、幹細胞から分化細胞を得る際、遺伝情報に基づいて特定の組織に分化した細胞のみを回収することにより品質を管理することが可能になるといった技術への応用などが実現される可能性があるとコメントしている。