早稲田大学(早大)は9月4日、同大理工学術院の学生を対象に行った研究から、英語のスキルが、自らの思考、具体的には情報を評価する批判的思考スキルに影響を与えることを明らかにしたと発表した。

同成果は、同大理工学術院 英語教育センターのEmmanual Manalo教授、同 Sheppard Chris准教授、同大政治経済学部・理工学部の渡邊恭子 非常勤講師らによるもの。詳細は、ドイツにて開催された認知科学会にて報告されたほか、今後、国際ジャーナルにまとめられて掲載される予定だという。

今回の研究成果についての報告を行うSheppard Chris准教授(左)、Emmanual Manalo教授(中央)、渡邊恭子 非常勤講師(右)

批判的思考とは、情報を能動的に評価、または解釈するスキルであり、この能力が高ければ情報を正しく判断することなどが可能となることから、学問だけでなく、日常生活全般に活用されている。例えば、ある研究調査の報告として、労働時間の長さと結婚生活の難しさについての相関関係を調べたものがあるとする。調査の結果、労働時間が長いと、結婚生活を成り立たせることが難しいという相関関係が見られ、この研究を行った担当者は、労働時間が長いことが明らかに結婚生活の問題の要因になると結論づけた。ここで批判的思考を活用すると、この相関関係そのものが本当に正しいのか?、違う要因が考えられるのではないか、例えば、結婚生活に悩みがあるから、家に帰りたくなくなり、長時間会社に居ることになるのではないか?、経済的にそれだけ労働をしないと家計を維持できない可能性は?、人柄が良く、他人の仕事なども請け負ってしまっている可能性は?、などの様々な要因などを考えたりできるようになる。

日本の教育分野では、英語能力と批判的思考を含む思考力の向上の必要性がこの20年程度、話し合わせてきたが、文化的な背景や言語的な問題があり、アジア圏の学生は欧米の学生に比べて批判的思考が弱いと言われてきた。特に日本語は、その構造(間接的・帰納的表現が多いといった)が批判的思考の向上を妨げているという学説も出ていたほどであった。

そこで今回、研究チームでは、以下の3つの課題を掲げて、実験を行ったという。

  1. 言語によって、批判的思考に違いが生じるのか
  2. 英語能力、語学レベルと批判的思考スキルに関連性があるのか
  3. 指導することで批判的思考を伸ばすことができるのか

具体的な実験方法としては、同大理工学術院が提供している批判的思考スキルの育成プログラムを受けた理工学術院の2年生111名と、受けていない1年生66名を対象に、批判的思考スキルを用いた文章を英語と日本語で書いてもらい、その中で、何かを評価するといった批判的思考的な文章がどの程度の割合で含まれているかを調査した。

この作文問題は小論文的に、カリキュラムとして用いられている教科書に記載されているタイタニックの事故やスペースシャトル事故に対する事故原因の仮説に対し、どういったことが一番の要因となったのか、といった評価を行うというもの(ちなみに、理工学術院の授業はすべて英語で行われている)。こうしたことを考える中で、必ずどこかで自分の立場を明らかにする文章が出てきて、そこから批判的思考を用いた話題を多く書く人や、そうした文章の量が少ない人、果ては批判的思考を展開し、事故原因から人生とは、といったところまで踏み込む人などが出てきたとのことで、それを英語、日本語、それぞれで実施し、そこにどの程度の違いがあるのかを調査したという。

この結果、指導言語は英語にも関わらず、批判的思考の評価の割合は英語よりもすべての点において日本語の方が高いことが確認された。この結果から、日本語の言語構造が必ずしも批判的思考の育成に不利である、ということが否定されたという。

また、TOEICスコアと批判評価のスコアの間に有意な相関があることも判明したとのことで、この結果から、今回の研究では書くという行為に限ってということになるが、英語能力の高さは、英語を使った批判的思考スキルの能力に比例するという結果を得られたとする。

さらに、指導を受けた2年生と、受けていない1年生で同じ課題を実施して、比較したところ、2年生の方が英語、日本語ともに伸びが見られ、英語で鍛えられたスキルであっても、日本語でもそれを使うことが可能であることが示されたとも説明している。

英語で授業を受けている学生であっても書いた文章中における批判的思考が見られた部分の割合は英語よりも日本語の方が高かった

TOEICのスコアと批判的思考の評価のための作文のスコアには相関関係があることが示された

批判的思考スキルの育成カリキュラムを受けた2年生の方が、受けていない1年生に比べて、批判的思考の関する文章の割合が高いことから、指導の効果があったことが示された

これらの結果は、日本の教育分野において、コースのデザイン次第では、英語のみならず、思考スキルの向上を図ることが可能であることを示すものになると研究チームでは説明する。

今回の研究は英語による教育をベースとしたものであるため、日本語で批判的思考のトレーニングを行った場合、同じような結果になるかどうかについて研究チームに確認したところ、授業がすべて英語のため、今回の研究では確認できていないが、今後の研究ではそういったことも含めて調べていく可能性があるとするが、今回の成果から、言語がどうこう、という次元とは異なる次元で思考スキルの発達がなされている可能性が示されており、現在、頭の良さや脳のワーキングメモリ(作業記憶)における効率性などが批判的思考にどういった関係性を持っているのかについての研究を進めているとしている。 また、これまでの先行研究から、ワーキングメモリの作業領域は8~9歳程度で確定され、そこから変わらず、第1言語よりも第2言語の方がワーキングメモリのパフォーマンスが低下するということが分かっている。例えば日本語が第1言語の人が、第2言語である英語を使って批判的思考を行おうとすれば、ワーキングメモリの中では、英語そのものを考える、という領域と、批判的思考を行うという領域に分かれ、その処理が増えれば増えるほど、メモリ領域が不足していき、オーバーフローすることとなる。しかし、英語が上達すれば、そこの処理が速くなり、メモリ領域に空きができやすくなり、批判的思考のメモリ使用量を増やすことができるため、批判的思考を展開しやすくなる可能性が示されていることから、英語で批判的思考を展開するのであれば、英語能力も批判的思考も同時に養っていくことが重要になると研究チームではコメントしている。