京都大学は8月29日、電子同士の強い反発力によって絶縁体化したルテニウム酸化物に、室温で乾電池1個に満たないわずかな電圧を加えるだけで、巨大な構造転移が引き起こされて顕微鏡で確認できるほど大きく結晶が縮み、金属化することを発見したと発表した。さらに、わずかな電流を流し続けることによって、電場で金属化した状態(スイッチオンの状態)を低温まで維持することにも成功したという。

同成果は、同大 理学研究科の前野悦輝教授、広島大学 先端物質科学研究科の中村文彦助教らによるもの。詳細は、英国Nature Publishing Groupの科学雑誌「Scientific Reports」電子版3巻に掲載された。

次世代メモリReRAM用材料として、わずかな電圧で絶縁体-金属状態の間のスイッチング現象が実現する電子材料が求められている。その1つとして、強相関電子系物質が注目されている。同系物質は、電子相互の強い影響のため、ほんのわずかな刺激で全体の状態が大きな変化を雪崩的に起こす可能性を秘めており、独立した電子の集団からは予想できない創発現象が起こり得る。強相関電子系物質の中には、電子が互いに強く避け合うことで整列してしまうモット絶縁体になるものが多く存在する。この"電子の結晶"とも言える物質は、元素置換などによるキャリアドーピングで溶け出して、"電子の液体状態"と言える金属となり、銅酸化物での高温超伝導現象、マンガン酸化物におけるマルチフェロイック現象など、電子相関が本質的な役割を果たす様々な現象を生み出している。

ルテニウムの酸化物は、典型的な強相関電子系物質として知られている。ストロンチウム・ルテニウム酸化物Sr2RuO4は、研究グループが超伝導を発見した物質で、スピン三重項超伝導の最有力候補物質としてさかんに研究されている。今回の成果を生んだ物質は、そのストロンチウムをカルシウムで置き換えたカルシウム-ルテニウム酸化物Ca2RuO4で、1997年に研究グループが初めて合成してモット絶縁体であることを明らかにした物質である。

その結晶構造は、銅酸化物高温超伝導体La2-xSrxCuO4と基本的に同じ層状構造をとるが、銅(Cu)がルテニウム(Ru)で置き換わっている。同物質は、絶対温度357K(84℃)以下の温度ではRuO6八面体が顕著に扁平になりモット絶縁体となっているが、それ以上の温度では結晶構造が大きく変化し、RuO6八面体は細長になって金属状態になる。研究グループでは、Ca2RuO4に圧力を印加することで低温まで金属化することを見出し、さらに10GPa(10万気圧)の高圧の下では超伝導が現れることをケンブリッジ大学との共同研究で発見した。

図1 Ca2RuO4の結晶構造。RuO6八面体が平面上につながった層状構造をとる。RuO6八面体が扁平のとき絶縁体、細長になると金属になる

今回の発見は、中村助教らが電気抵抗測定の電極を付ける過程で、Ca2RuO4単結晶に高周波電場を当てたところ、結晶が次々に粉砕してしまったことから生まれた。これは、本来高温で起こるはずの大きな構造変化を伴う絶縁体から金属への変化が、比較的弱い電場によって引き起こされたことを示唆し、その後の詳しい研究が行われた他、再現実験が研究グループと名古屋大学 理学研究科の寺崎一郎教授、岡崎竜二助教らによって行われた。

図2 Ca2RuO4の単結晶の写真。両端の明るい部分は、電場印加のための金の電極膜。電場パルスによって絶縁体状態が金属化して平面方向に約2%縮む

今回の成果は2つの独立した発見を含むという。1つは室温において40V/cm程度の小さな電場の印加でモット絶縁体が金属化すること。もう1つは金属化したモット絶縁体に電流を流しながら冷却することにより、低温まで金属状態が安定化すること。いずれも、これまで報告例のない新奇な現象であり、強相関電子系の新機能と位置付けられるという。

図3 モット絶縁体が電場刺激で金属化する現象の概念図と比喩図。(a)電子が互いに避け合うことで規則正しく並んだ絶縁体状態が電場によって一気に崩れて金属になる様子。濃い色の丸は絶縁体部分で動かない電子、薄い色の丸は金属化して流れる電子を表す。(b)将棋倒しに例えることができる。また、わずかに電流を流すことで、その金属状態が維持されることは、外気温が氷点下でも川の水が凍らないこととイメージが似ている。しかし、今回の成果では、10K以下の極低温でも金属状態が"凍結"状態の絶縁体に戻らないという

今回の成果のうち、室温において40V/cm程度の印加でモット絶縁体が金属化する発見について、図4(a)はCa2RuO4のスイッチング現象の典型例を示したもので、図2のように結晶に電極を付けて室温で印加電圧を数V以下の範囲で増減することにより、絶縁体と金属の間でのスイッチングが起こる。スイッチングのしきい電場は40V/cm程度で再現性が良く、これまで報告のあったニッケル酸化物、銅酸化物、有機物などによる値に比べて1~2桁小さいという。これは、Ca2RuO4の絶縁体・金属転移温度が357Kと比較的低いこととも関係している可能性があるとのことで、印加する単一パルス電場の時間幅や、結晶の断面積を系統的に変化させての電流密度に、しきい電場がいかに依存するかを明らかにし、今回の研究での現象が単なる局所加熱による結果でないことも検証したとするほか、しきい電場の温度依存性も熱励起型ではなく、電荷密度波の系などで用いられるピン止めポテンシャルの温度変化の式で記述できることも確認したという。

さらに研究グループは、Ca2RuO4の絶縁体・金属転移を特徴づける結晶構造の変化についても、電場印加と同時に行ったX線回折測定から確認し、電場印加により結晶全体に渡る構造の不連続な変化が起こることを明らかにし、その結果、格子パラメータの変化は、圧力印加や温度上昇による絶縁体・金属転移の場合と類似しているが、それぞれで異なる特徴的変化も見出した。電場印加による金属相へのスイッチングは積層に垂直方向に約3%伸び、層方向に約2%収縮を伴い、これは数ミリの長さの結晶の場合では、肉眼でスイッチングに伴う結晶の伸縮が観察できるレベルであるが、なぜこのような低電場で大きな構造変化を伴う絶縁体・金属転移が生じるのか、そのミクロな過程・メカニズムは現在、まだ特定できていないと研究グループはコメントしている。

また、金属化したモット絶縁体に電流を流しながら冷却すると、低温まで金属状態が安定化することに関しては、図4(b)に示すように、金属状態に電流を流した非平衡定常状態では、本来出現しないはずの金属状態を低温まで維持できることを明らかにした。しかも、約12K以下では電気抵抗率の顕著な減少が起こるが、これは圧力誘起金属相で明らかになっている強磁性転移に伴う電気抵抗減少と類似の振る舞いであり、電流によって強磁性転移も誘起できた可能性があるという。特に非平衡定常状態に置かれたモット絶縁体が平衡状態と顕著に異なる電子状態を示すことは、これまで実証例がほとんどなく、理論研究も始まったばかりであるため、今回の発見は今後の強相関電子系の創発現象の研究にも大きなインパクトを与えるものと期待できるとしている。

図4 Ca2RuO4のスイッチング現象。(a)室温で数V以下の電圧の増減で絶縁体-金属間のスイッチングが起こる。0.25Vにおける両状態の電気抵抗の比は100倍以上に達する。(b)電流を流した非平衡定常状態では、本来出現しないはずの金属状態(電気抵抗率の小さな状態)を低温まで維持できる

今回の成果について研究グループは、強相関電子系物質を用いて新しい電子機能を引き出すうえで、非平衡定常状態の利用が有効であるという新たな指針を与え、基礎と応用の両面で重要な意義を持つと言えるとコメント。平衡状態では、絶縁体である物質を非平衡定常状態で金属化することにより、超伝導など新しい機能を引き出せる可能性も生まれるとするほか、ほかの強相関電子系物質への適用も期待でき、さまざまな創発現象を生むような波及効果も期待できるとする。また、今回発見された現象を利用して、低電力でスイッチングできる素子応用に道が拓けるとともに、特に構造変化を伴うCa2RuO4では音波発振器などへの応用も可能になるとコメントしている。