横浜市立大学(横浜市大)は8月6日、独自の手法で構築した特殊なヒト細胞を利用して、低線量の放射線によって傷つけられた細胞DNAがどのような仕組みで元通りに修復されるのか、そのメカニズムの一端を明らかにしたと発表した。

成果は、横浜市大大学院 生命ナノシステム科学研究科の足立典隆教授らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間8月15日付けで米オンライン科学誌「PLoS ONE」に掲載された。

ヒトの細胞は、核の中にある遺伝情報を担う媒体であるDNAは、常に安定した状態で存在しているわけではない。活性酸素などの内的な要因、あるいは放射線や紫外線、抗がん剤、喫煙(一次、二次、三次喫煙)などの外的な要因によって頻繁に傷つけられている。傷の種類はさまざまだが、2本鎖DNAの切断は「最も深い傷」、つまり直されなければ細胞が死に至る(あるいはがん化する)傷だ。この2本鎖DNA切断は、X線などの電離放射線だけでなく、「ブレオマイシン」、「イリノテカン」、「エトポシド」などの種々の抗がん剤によっても誘発される。

その一方で、細胞は2本鎖DNA切断を修復する機構も持つ。その修復機構は大別すると2種類だ。1つがDNAの相同性を利用して起こる正確な組換えである「相同組換え」、もう1つがDNAの騒動生とは無関係に起こる組替えの「非相同末端連結(NHEJ)」(切断されたDNA末端を効率よく連結できるが、修復後に欠失などの変異が導入されてしまうことが多く、誤りがちな修復)である。しかし、この2つの機構が細胞の中でどう使い分けられているのか、あるいは低線量の放射線を浴びたヒトの細胞がどちらを優先的に使っているのかについてはあまりよくわかっていなかった。

今回の研究では、細胞の核の中で起こる相同組換え反応を利用して、ゲノム上の特定の遺伝子を改変(破壊または修正)する「遺伝子ターゲティング(標的遺伝子破壊)」手法を用いて、相同組換えとNHEJの一方、または両方を欠損したこれまでにないヒト遺伝子改変細胞が人為的に作製された。こうした変異株細胞に放射線を照射し、生き残ってくる細胞集団(コロニー)の数を調べることで、どのような遺伝子が2本鎖DNA切断の修復に重要なのか、その必要性や重要度を知ることができるというわけだ(画像1)。

画像1。DAN修復の遺伝学的解析方法

すると、強い放射線を照射した場合は相同組換えによる修復が重要であるのに対し、1グレイ以下の低い線量の放射線の場合はNHEJへの依存度が高いことがわかった。つまりNHEJを欠損した細胞は、放射線に対して高い感受性を示す(死滅しやすい)ことが判明したのである。なお、1グレイの放射線を細胞に照射すると、30~50個の2本鎖切断が生じるという。

さらに解析を進めた結果、NHEJで働く酵素である「DNAリガーゼ4」や「アルテミス」を失った細胞では、相同組換えの頻度が上昇していることが明らかとなった。以上のことから、細胞に2本鎖切断が生じるとまずNHEJによる修復が試みられ、これに失敗すると相同組換えに切り替えられている可能性が強く示唆されたのである。

足立教授らはさらに、「ネオカルチノスタチン」、ブレオマイシン、イリノテカン、エトポシドなどの抗がん剤によってDNAが切断された際にもNHEJによる修復が優先的に行われており、アルテミスがこの機構に関わっていることが突き止められた。切れたDNAの端っこを整える酵素と考えられてきたアルテミスが、NHEJから相同組換えへの切り替えにも関わっているというのは予想外の発見だったという(画像2・3)。

画像2。アルテミスの酵素としての働き

画像3。DNA2本鎖切断修復におけるアルテミスの新しい機能

ヒト細胞に生じた2本鎖DNA切断が修復される仕組みの詳細が明らかになれば、放射線治療や抗がん剤治療の技術向上、すなわち、より効果的で副作用の少ない治療法の開発に役立つという。また近年、「合成致死」(1つの遺伝子を失っても致死とはならないが、2つ以上の遺伝子の機能を失うと致死となること)を利用した抗がん剤開発が注目を浴びているが、遺伝子ターゲティング技術を使って作製した、特定の一遺伝子だけを失ったヒト遺伝子改変細胞をうまく活用していくことで、こうした開発研究に弾みがつくことが期待されるとした。