農業生物資源研究所(生物研)と麻布大学は8月12日、組織へのダメージが少ない「ガラス化冷却法」によって超低温保存した子豚の精巣を、胸腺がないためにT細胞のない=免疫機能のない突然変異体である「ヌードマウス」に移植してそこから生きた精子を発生させることに成功し、その発生させた精子を豚の卵に注入(顕微授精)して作った受精卵を雌豚に移植する方法(受精卵移植)で、正常な子豚の生産に成功したと共同で発表した。

成果は、生物研 動物研究領域の粟田崇領域長、同・動物発生分化研究ユニットの徳永智之ユニット長、同・金子浩之上級研究員、同・菊地和弘上級研究員、麻布大 獣医学部の柏崎直巳教授らの共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、7月30日付けで米オンライン科学誌「PLoS ONE」に掲載済みだ。

家畜の遺伝資源の保存は、雄では成長した個体から採取した精子(精液)を超低温で保存することで行われ、保存した精液は融解後に人工授精に利用されている。しかし、この従来の手法では対応しきれないケースが出てきた。例えば、医療研究に用いられる疾患モデル豚の中には、幼若な時期の死亡率が高く成体に達せず次世代が得られない事例がある。

また、近年はアジア各国のさまざまな貴重な豚品種の減少が著しく、遺伝資源として保存する必要性が増しているという問題もあった。このような豚は精液採取のトレーニングを受けていないことが多いため、成体からの精液の採取が困難な場合が多く、採取が容易な子豚の精巣を保存し、これから精子を得るための技術の開発が望まれていたのである。

精子の基になる「精祖細胞」は成体ばかりでなく、幼若な動物の精巣にも含まれ、精子に分化する能力を秘めている。精祖細胞から何らかの方法で精子を作らせ、さらに子を作ることができれば、幼若な動物からも子を得ることが可能になるというわけだ。

これまで研究チームでは、子豚の精巣を採取後すぐにヌードマウスに移植することで豚精子を発生させ、この精子を用いて作った顕微授精卵を雌豚に移植することで、大型動物では初めて子を得ることに成功している(2010年)。しかし、精巣を採取した後にただちに移植しなければならないという実用上の大きな制約があったのも事実だ。そこで、その制約を解決するため、超低温保存した精巣から同様の手法によって子が得られるかどうかが試みられた。精巣は、組織のダメージを最小限に抑えられるガラス化冷却法を用いて液体窒素内で超低温保存されたのである。

なおガラス化冷却法は、グリセリンや「エチレングリコール」などの高濃度の耐凍剤を含む液(ガラス化液)中に、卵や胚・組織を入れると急速に脱水され、細胞質の水分が耐凍剤と置換されることを利用した技術だ。この状態で超急速に冷却すると、細胞内に氷の結晶が生成されることなく細胞をガラスのように固化できるのである。これによって、氷晶による卵や胚・組織の破壊を招くことなく超低温保存することが可能となるというわけだ。

今回の研究では、精巣組織のガラス化冷却、超低温保存、ヌードマウスへの精巣組織の移植、卵の体外成熟培養、顕微授精による受精卵の作製、受精卵の移植という多様な技術が組み合わされて実現している(画像1)。まず、生後10日齢前後の子豚の精巣が約1mm角に切られ、ガラス化冷却後に液体窒素内で超低温保存が行われた。この精巣は140日以上保存した後でも、保存前と同じく精祖細胞の存在が確認されている(画像2・3)。

画像1(左):豚精巣組織の超低温保存、ヌードマウスへの移植(異種間移植)による豚精子発生および顕微授精卵の移植による子豚の生産。超低温保存前(ガラス化前)の精巣の顕微鏡像(画像2(中央)の左))と、保存後(加温後)で移植前の精巣の顕微鏡像(画像3(右))。いずれにも円形の精祖細胞が見られる(矢印)

ヌードマウスの背部の皮下に約20個の精巣組織が移植され、精巣組織が発育するのが確認された。そして移植後230~350日に、マウスから組織を回収。細切して精子が回収された(画像4)。また、顕微鏡観察により精巣組織で多数の精子が作られていることも確認されている(画像5)。

この精子が、別に用意された体外成熟卵に顕微授精させられ、受精卵が無事誕生。発情周期を同期化させた雌豚の卵管への、外科的な受精卵の移植が行われ、その結果として8頭の雌豚の内の2頭が妊娠し、合計7頭(雌4頭、雄3頭)の子豚が誕生した(画像6)。生まれた子豚は健康に発育し、性成熟に達したことも確認されている。

画像4(左):移植組織から回収した豚精子(矢印)(移植後254日)。画像5(中央):移植後の精巣の顕微鏡像(移植後254日)。精巣組織中(精細管)に多数の精子が見られる(矢印)。画像6(右):分娩した子豚(雄2、雌3頭、分娩後5日)

これまで、ヌードマウスに異種の動物の新鮮な精巣組織を移植した場合(異種間移植)、精巣組織から採取した精子が産子に至った例はウサギ(2002年)と豚(2010年)で報告されている。今回の研究は、超低温保存した異種の動物の精巣組織から個体を再生した最初の報告で、実用に向けて精祖細胞の利用性をより高めたものと考えられるとした。