浜松ホトニクス(浜ホト)は7月31日、国立天文台、大阪大学、京都大学と共同で、米国ハワイ島のすばる望遠鏡に新たに搭載された主焦点カメラハイパーシュープリームカム(HSC)用CCDイメージセンサを開発したと発表した。

HSCに搭載されたCCDは、初代Suprime-Cam(シュプリームカム)に使用していた米国マサチューセッツ工科大学(MIT) リンカーン研究所製CCDに比べ、近赤外域に感度を伸ばしたのに加え、116個の大面積CCD(3cm×6cm)をバラつきなく量産できたという。構造は完全空乏型、裏面入射型となっている。

今回の開発は、まず国立天文台の宮崎聡准教授から、「ダークマターの直接観測には、Suprime-Camの能力では足りないことが分かってきたため、視野を10倍ぐらい広くしたい」との要請があったことに始まる。これを受けて、初代Suprime-Camに搭載されているMIT製CCDより、さらに遠方の天体が観測できる近赤外線感度の高いCCDを実現するため、2001年6月から厚い構造の超高抵抗N型シリコンウェハを用いて開発に取り掛かったという。

2007年11月には、近赤外線感度の高いCCDの開発が終了し、2008年7月に初代Suprime-Camに設置されていた10個のMIT製CCDを取り替えて観測が開始された。その後、青色域の感度もMIT製CCDより良くしたいとの要請があり、さらに特性を改善し、2008年11月に近赤外域の感度を高く保ちつつ、紫外よりの可視光の感度を高くしたHSC用CCDが完成した。

今回の開発は、国立天文台が要求仕様を提示し、浜ホトが設計、材料調達、製造、1個単位の簡易試験を、国立天文台と大阪大学、京都大学が空乏層の厚いN型CCDの評価を、国立天文台が詳細試験、および116個の搭載を担当した。同CCDは、厚い完全空乏型で裏面入射型のため、波長300~1100nmに高い感度があり、1000nmの量子効率(感度)は40%とMIT製CCDの2倍を有する。116個のCCDで1つの超広視野カメラを作るため、4辺を突き合わせてタイリングする4辺近接構造を採用した。CCDは、浜ホトの量産技術で、バラつきのない高品質を実現している。1個の受光面面積は約18cm2(3.072cm×6.144cm)で、1画素15μm角で838万画素(2048×4096画素)、動作温度は-100℃、読み出し雑音5電子以下(2乗平均平方根)、暗出力5電子以下(画素・時間)となっている。

同CCDでは、厚い完全空乏型および裏面入射型CCDによって近赤外域に感度を伸ばした。地球から見ると宇宙が膨張しているために、遠くにある銀河ほどより速い速度で遠ざかっていることが観測から分かっている。銀河が遠ざかる速度が分かれば、その速度から距離を推定することができる。また、遠ざかっている物体から出る光の波長は長波長(赤外)にずれるという性質を使って、銀河のスペクトル線の波長のずれを観測することで速度を知ることができる。波長のずれが大きいほど速度が速いことになり、地球からの距離が遠くにあることが分かる。そこで、同CCDは、シリコン厚をMIT製CCDの5倍の200μmまで厚くして近赤外域の量子効率を高め、結晶欠陥がない超高抵抗のN型シリコンにバックバイアスを印加して完全空乏化することで解像度の劣化を抑えた。

なお、浜ホトでは、厚いシリコンを使用することによる、解像度の劣化や、暗電流などによるノイズの問題、結晶欠陥問題などを、結晶欠陥のない超高抵抗シリコンの選定から、バックバイアス技術の適用などにより、高画質を達成したという。

各CCDの分光感度特性

また、一般的なCCDは、数十Ωcm程度のP型シリコンウェハを使用しているのに対し、同CCDは、10kΩcm以上と3桁も超高抵抗のN型シリコンウェハを使用し、完全空乏化を実現している。N型はP型に比べ、シリコンの比抵抗が同じ場合、同じバイアス電圧で厚い空乏層が得られ、また、高抵抗シリコンも厚い空乏層を得られるので、完全空乏化を容易に実現できる。初期の試作品では、シリコン結晶のカラム欠陥(たて傷)が多く、非常に画質の悪いものだった。そこで、ウェハメーカー各社に専用のウェハ製造を依頼し、材料となるpoly-Siの選定やプロセス製造工程の最適化を行った。その結果、N型で結晶欠陥がない超高抵抗のシリコンウェハが入手でき、画質を改善することができた。

(左)開発初期、カラム欠陥が多い。(中央)開発中盤。(右)開発後半、欠陥が無い

裏面入射型CCDは、表面入射型に比べ紫外光から可視光の高感度が特徴で、通常は量子効率(感度)を高めるために入射面のシリコン層を薄くする。薄くすると、赤外光はシリコンで吸収されにくくなり、多くが通過してしまうため量子効率が低くなる。シリコンを厚くすれば、近赤外の量子効率が向上するが、光入射で生成した信号電荷は、中性領域の電荷拡散により広がってしまうため解像度が劣化する。完全空乏層型CCDは、厚くしたシリコンにバックバイアスを印加して、空乏層を大きく、深く広げ完全空乏化して電界強度を強め中性領域を無くしている。完全空乏化により、信号電荷の広がり(拡散)を抑えられ、入射した画素に集めることで解像度の劣化を抑えられる。

バックバイアスには、通常のCCDでは使用しない数十Vの電圧が必要とされる。開発初期は、何度も破損していたが、高い電圧に耐える構造に設計を工夫して解決したという。同CCDは、50Vのバックバイアスを印加することで完全空乏化を行い、電荷の拡散を画素サイズの半分程度に抑え高解像度を実現した。

(左)通常の裏面入射型。厚い完全空乏型裏面入射型CCDの構造で、(中央)バイアスを印加しない場合と、(右)バイアスを印加した場合

同CCDは、3cm×6cmと大きなチップであり、1枚のウェハから取れるチップ数が少ないため、製造歩留まりが高いことが求められる。そこで、プロセス工程の装置、条件の見直し、反射防止膜の最適化、受光面の汚れやダメージ回避のための表面と裏面プロセス工程などの最適化が行われた。また、大面積チップのため、パッケージにチップを接着する際の平坦化や、接着樹脂硬化後の応力による画質の劣化など、組立工程の最適化も行われた。さらに、-100℃に冷却して使用するので、シリコン以外の材料は、熱的な特性の相性、製造コスト、平坦度などの要因を考慮して選定された。

この他、シリコン厚が厚く、通常の裏面入射型CCDにある薄膜部を支える枠部が不要なため、複数素子をタイル状に並べて突き合わせることで大面積化が容易であると同時に、デッドエリアを少なくできる大面積化するために4辺が最小のデッドスペースになるように、入射面の裏側に電極面を作成し、タイル状に並べ、側面の隙間はできる限り少ない構造に設計にしたという。

(左)HSC用CCD(有効受光面90%)、116個のタイリングを可能にした4辺近接構造を採用。(右)浜ホト標準のCCD(同21%)

加えて、大面積CCDでは、たわみなどで平坦度が悪くなるが、たわみを最小限に抑えたポーラスセラミックからの転写技術による組立技術を確立し、タイル状に並べた全体での高さばらつきを40μm程度にした。また、シリコン結晶材料の選定と製造工程の最適化で、通常のCCDより1桁高い転送効率を達成した。垂直転送効率は0.999999、水平転送効率は0.999998と、要求される転送効率(0.999995以上)を達成した。

市販のデジタルカメラ用CCDとの技術的な違い

同CCD技術は、軟X線ダイレクト検出器やラマン分光分析などに活用され、軟X線、近赤外、電子線などへの応用が期待されているとコメントしている。