科学技術振興機構(JST)、東京大学、理化学研究所(理研)の3者は7月31日、物質の結晶構造と構成元素の情報だけを用いて、超伝導体が超伝導状態に変化する転移温度を精密に評価する新理論計算手法を開発したと共同で発表した。

成果は、東大大学院 工学系研究科(理研 創発物性科学研究センター 客員研究員)の有田亮太郎准教授、同・明石遼介大学院生らの研究チームによるもの。研究はJST課題達成型基礎研究の一環として行われたもので、詳細な内容は米国科学誌「Physical Review Letters」にオンライン版に近日中に掲載される予定だ。

超伝導現象は発見されてすでに100年以上が経過しており、これまでに絶対温度160K程度の「銅酸化物高温超伝導体」や55K程度の「鉄系超伝導体」など、本来なら絶対零度に近い「転移温度(Tc)」が高い物質がいくつか発見されてきた。しかし、どのような物質を合成すればTcが高くなるのかを、理論計算から具体的に予言、設計できた例は存在しない。これは、実験データを参照せずに超伝導のTcを定量評価することが困難であり、その理論手法が完全に確立していないためだ。

超電導は、電子が「クーパーペア」と呼ばれる対状態を形成し、電気を運ぶ電子が低エネルギー状態を取ることで実現する。クーパーペアがどのような状況で実現するかを考える上で重要なことは、動きの速い電子と遅い電子は物質中で異なる相互作用を受けるということだ。格子の振動は動きの遅い電子の間に引力をもたらし、このことによって鉛やアルミニウムにおいてクーパーペアが形成され、「単純な超伝導体」となるのである。これら単純な超伝導体は、結晶の格子振動が超伝導転移の起源だ。

一方、電子間に直接働く相互作用についても、動きの速い電子と遅い電子では受ける強さが異なる。動きの遅い電子は、速い電子を含めた周囲の電子の雲の振動を感じながら動くが、速い電子は運動エネルギーが十分高いので周囲の電子の存在には影響されずに動く。1970年代の終わりから1980年代のはじめにかけて、この速い電子と遅い電子が受ける相互作用の差によって、格子振動が存在しなくても超伝導状態が実現し、場合によっては超伝導Tcが高くなることが示された。これが「プラズモン機構」と呼ばれるものだ。

プラズモン機構についてもう少し捕捉すると、まず電子の集団が振動して擬似的な粒子として振る舞う状態を「プラズモン」という。そして、結晶格子の振動が擬似的な粒子として振る舞う状態が「フォノン」で、アルミニウムや鉛では、このフォノンが超伝導状態の実現に必要な電子対における「のり」の役割を果たす。また、プラズモンもフォノンと同様に「のり」の役割を果たすことがあり、それがプラズモン機構である。

一方、これまでの2005年に単純な超電導の金属についてTcを性格に定量評価できることを示した「超伝導密度汎関数理論」においては、電子間相互作用は遅い電子も速い電子も同様に働くという近似をおいていたので、プラズモン機構による超伝導のTcの見積もりはできないでいた。

実際、動きの速い電子と遅い電子が感じる相互作用の差が顕著であると期待される高圧下のリチウムのTcを計算すると、実験値を著しく過小評価する。そこで今回の研究では、これまでの方法論の枠組みが大幅に拡張され、速い電子と遅い電子の差を正確に考慮できる理論の構築が試みられた。

リチウムは、常圧下ではTcが絶対温度1ミリK以下だが、20GPa以上の高い圧力をかけるとTcが10数K程度にまで劇的に上昇することが知られている。今回の研究で定式化された新しい理論を用いると、圧力下のTcが正確に評価されることが判明した。

画像1は、従来の理論計算手法と新手法の結果を実験データと比較した図だ。従来の格子振動のみを考慮した場合の計算では実験値を過小評価するが、新しく開発された高振動に電子振動の因子を加えた理論計算手法により、実験値との一致がよくなっていることがわかる。画像中の○、△、□、◇は、4つのグループの実験値を表す。

画像1。従来の理論計算手法と新手法の結果を実験データと比較した図

複数ある高温超伝導の発現機構を密度汎関数理論の枠組みに入れることは、これまで誰も試みたことがなく、今回の成果は数ある機構の内の1つであるプラズモン機構を入れることに成功したものだ。そのほかの機構については、今後の課題となるが、この電子間相互作用を超伝導密度汎関数理論の枠内で適切に取り込むことができるようになれば、新しい高温超伝導体の物質設計が現実的に視野に入ってくるという。

また今回の成果は、従来の実験を説明するだけの理論から、予言能力のある理論への発展の重要な第1歩であり、この成果によって、今後の材料探索や合成が一気に加速し、将来的には超伝導モータや無損失送電線の実現に資することが期待されるとしている。