農業環境技術研究所(NIAES)と海洋研究開発機構(JAMSTEC)は、穀物の世界的「豊凶予測」を3カ月前に行う手法を開発したと共同で発表した。

成果は、NIAES 大気環境研究領域の飯泉仁之直任期付研究員、同JAMSTEC(アプリケーションラボ 兼 地球環境変動領域)らの共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、7月21日付けで英国科学誌「Nature Climate Change」に掲載された。

近年、多くの国でコムギやコメなどの輸入量が増加しており、輸出国での不作や国際市場価格の上昇が、特に開発途上地域の低所得層の栄養状態を悪化させる一因となっている。このため、世界の穀物生産の動向を監視するシステムが国連食糧農業機関(FAO)や米国国際開発庁(USAID)などで運用されているが、こうしたシステムに、短期気候変動による影響の予測を取り入れ、生産動向の監視を強化することが望まれている状況だ。

そのような理由から、世界の穀物生産の豊凶予測は、各国の備蓄量の調節や輸入先の選択などに関する判断材料の1つとして利用でき、より効果的な飢餓対策への道が拓けると期待される。なお、豊凶予測:作柄の良し悪し、特に単位面積当たりの生産量(収量)の良否を収穫前に見積もることをいう。また、この記事中では前年に比べて当該年の収量が5%以上低下することを不作、増加することを豊作としている。

これまでの季節予測による主要穀物の豊凶予測は特定の地域(オーストラリアなど)が対象で、全世界を対象とする予測は例がなかった。そこで、NIAESとJAMSTECを中心とする研究チームは、豪・英・米の研究者と協力して、JAMSTECによって開発された短期気候変動予測モデルを活用し、全世界を対象とする豊凶予測を実施したのである。

コムギとコメについて、観測された生育後期3カ月間の気象条件(気温と土壌水分量の前年差)と、当該年の収量と前年の収量との比を重回帰分析したところ、世界の栽培面積の30%(コムギ)と33%(コメ)で、気象条件から収量の前年比を精度よく推定できることがわかった(画像1)。豊凶予測が可能な地域が、世界全体でどの程度あるのかを定量化できたことは今回の研究の大きな成果だという。

観測された気象条件のみから豊凶を予測できた地域。画像1(左)がコメで、画像2(右)がコムギ。コメとコムギについて、生育後期3カ月間に観測された気象条件(気温と土壌水分量)から、当該年と前年の収量比を精度よく推定できた地域はオレンジ色で、推定できなかった地域は白色で、栽培暦がないため解析できなかった地域は薄灰色、非栽培地域は濃灰色に塗られている

また、収穫3カ月前に短期気候変動予測モデルで予測した生育後期の気温と土壌水分量のデータを、得られた重回帰式に入力したところ、豊凶を予測し得る地域の約半分で、観測された不作(当該年の収量が前年よりも5%以上低下する場合)を再現できた(画像3・4)。

季節予測により豊凶を予測できた地域。画像3(左)がコメで、画像4(右)がコムギ。収穫3カ月前にJAMSTECが予測した生育後期3カ月の気温と土壌水分量を、得られた重回帰式に入力した結果、観測された不作を再現できたのが、オレンジ色の地域だ。当該年と前年の収量比を観測された気象データから精度よく推定できた地域の内、季節予測から観測された不作を再現できなかったのが青色の地域。観測された気象条件から豊凶を再現できなかったのが白色の地域(地理分布は画像1・2と同じ)、栽培暦がないため予測できなかったのが薄灰色地域で、濃灰色が非栽培地域

また、前年に比べて豊作(当該年の収量が前年よりも5%以上増加)になる場合についても、不作と同様に再現することに成功。不作が再現できた地域は世界の栽培面積の18%(コムギ)と19%(コメ)に相当した。例えば、コムギでは、画像5・6に示すように、米国やオーストラリアの一部で、またコメではタイやウルグアイなどの一部で(画像7・8)収量前年比を収穫3カ月前に予測できた。

収穫3カ月前の季節予測によるコムギの主要輸出国での豊凶予測。米国(画像5(左))とオーストラリア(画像6)における実際のコムギの豊凶(黒線)と収穫3カ月前時点のデータを用いて生育後期3カ月の気温と土壌水分量の予測値を計算し、豊凶の算出が行われた数値(赤線)。国名の脇の数字は、当該国のコムギの全栽培面積に占める豊凶を予測できた栽培面積の割合。示した図は豊凶が予測できた地域のデータのみを集計して使用されている。なお、米国は2008年におけるコムギの輸出量が世界第1位、オーストラリアは第6位だった(画像9・10を参照)。

収穫3カ月前の季節予測によるコメの主要輸出国での豊凶予測。タイ(画像7(左))とウルグアイ(画像8)における実際のコメの豊凶(黒線)と収穫3カ月前時点のデータを用いて生育後期3カ月の気温と土壌水分量の予測値を計算し、豊凶の算出が行われた数値(赤線)。国名の脇の数字は、当該国のコメの全栽培面積に占める豊凶を予測できた栽培面積の割合。示した図は豊凶が予測できた地域のデータのみを集計して使用されている。なお、タイは2008年におけるコメの輸出量が世界第2位、ウルグアイは第3位だった(画像9・10を参照)

参考の2008年におけるコメ(玄米)(画像9(左))とコムギ(画像10)輸出量の国別シェア。データはFAOSTAT

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告では、気候変化に伴い、干ばつや熱波などが将来、増加する可能性が高いとされており、長期的な気候変化による異常気象の増加も考慮しつつ、年々の異常気象による穀物輸出国の不作に輸入国が対応する必要性が高まっている。

気温と土壌水分量について季節予測の精度が向上すれば、さらに広範な地域で精度の高い豊凶予測が可能になると見込まれるという。また、収量変動予測モデルを精緻化すれば、気象条件から収量の前年比を精度よく説明できる地域はさらに広がるとする。

さらに、こうした予測技術をFAOなどが運用している既存の食糧動向の監視システムに組み込むことができれば、世界の穀物における生産動向の監視を強化することが可能になるとした。例えば、開発途上国では予測情報に基づいて、国内の備蓄量を積み増す、あるいは食糧の緊急援助の申請時期を早めるといった、より効果的な対応を促し、干ばつなどに起因する飢餓や貧栄養の危険にさらされる人口を減らす上で有効と期待される。