京都大学は7月16日、超高分解能走査型透過電子顕微鏡を用い、ぺロブカイト構造遷移金属酸化物ヘテロ界面において、酸素八面体を構成する酸素原子の可視化により、界面での格子歪みの様子を直接観察することに成功したと発表した。

同成果は、同大 理学研究科 麻生亮太郎博士課程学生、化学研究所 菅大介助教、島川祐一教授、倉田博基教授らによるもの。詳細は英国のオンライン科学誌「Scientific Reports」に掲載された。

遷移金属酸化物は磁性や誘電性など、通常の金属や半導体にはない様々な特性を示す。中でも、化学式ABO3で表されるぺロブスカイト構造酸化物は、高温超伝導や巨大磁気抵抗などの現象が見出されている他、強誘電性を使ったメモリの開発が進むなど、大きな進展が期待されている。

この遷移金属酸化物材料を組み合わせて作るヘテロ界面が、バルク材料にはない新しい機能特性を発現させるため注目されている。例えば、ぺロブスカイト構造酸化物からなるヘテロ界面でも、格子歪みをはじめとする様々な相互作用により、バルクの結晶構造から大きく変調を受け、バルク単体では見られない新奇な機能特性が発現することも期待されている。すでに、格子歪みによって、BO6で表される酸素八面体は変形するのに加え、八面体の回転や傾きによりその連結性が変化することも、理論計算などから指摘されている。これらの格子変形は機能特性と密接に関係するため、精密な構造解析からヘテロ界面の様子を明らかにすることが重要視されている。しかし、酸化物ヘテロ界面において、遷移金属原子と酸素の結合からなる八面体構造を直接に観察することはこれまで困難だった。

研究グループでは、遷移金属酸化物ヘテロ界面での格子歪みの様子を観察するためのモデル物質として、GdScO3基板の上にSrRuO3薄膜をエピタキシャル成長させたヘテロ界面に着目した。GdScO3とSrRuO3はともにペロブスカイト構造の物質だが、GdScO3ではScO6八面体が大きく傾いて頂点酸素を共有して連結している点が大きな特徴となっている。さらに、SrRuO3とGdScO3」のバルク結晶を比べると、約1%程度の結晶格子の大きさの違い(格子ミスマッチ)があるが、SrRuO3薄膜は、GdScO3基板上には結晶格子を揃えて成長することが知られている。しかし、そのヘテロ界面がどのような構造になっているのかを直接に観察した例はこれまでなかった。

図1 ぺロブスカイト(ABO3)の結晶構造。遷移金属イオン(B)が酸素に囲まれたBO6八面体が頂点酸素を共有して連結している

図2 GdScO3(下)とSrRuO3(上)の結晶構造。GdScO3とSrRuO3のヘテロ界面において、結晶格子の整合する場合、界面における酸素原子位置はバルクの位置からの変位が起こる。今回、実際のヘテロ界面がどのような構造になっているのかを直接観察した

試料は、パルスレーザー蒸着法でGdScO3基板の上にSrRuO3薄膜をエピタキシャル成長させて作製した(図3)。ヘテロ界面の構造は、断面観察用に試料を加工し、球面収差補正された走査型透過電子顕微鏡(STEM)における環状明視野(ABF)法を用いて観察した。高速走査STEM像を50枚積算することによって試料ドリフトによる影響を最小化し、高いS/N比を実現したことで、酸素原子を含んだ全ての構成原子の位置を数ピコメートルの精度で決定することが可能となった。

また、図4のABF像のように、SrRuO3は基板のGdScO3と結晶格子を整合させて成長していることが確認できる。約15nm厚まで積層したSrRuO3薄膜は、その最表面までGdScO3基板の格子に面内(横方向)の結晶格子の大きさを揃えて成長していることがわかる。

さらに、このヘテロ界面付近を詳細に観察すると、4格子単位(約1.6nm)の厚さの間に、BO6で表される酸素八面体の連結角度を変化させて、GdScO3の大きく歪んだ結晶格子からSrRuO3の結晶格子へと変形していることがわかる(図5)。ここでは、BO6八面体自体の大きさはほとんど変化せず、酸素原子の位置のみがわずかに変わることで八面体の連結構造の変化を起こしている。つまり、格子ミスマッチのあるGdScO3とSrRuO3を組み合わせたとき、わずか数nmの厚さの界面領域で酸素原子の位置のみを変化させるだけで、両者が繋がれたことを示している。

図3 パルスレーザ蒸着法の装置図。パルス状の高強度のレーザ(波長:248nm)をターゲットに照射して、昇華した酸化物を基板上に体積させることで薄膜を作製する

図4 GdScO3基板とSrRuO3薄膜のヘテロ界面を観察した環状明視野(ABF)像。暗いコントラストが原子位置を表しており、酸素を含めたすべての構成原子の位置が明瞭に可視化されている

図5 ヘテロ界面近傍における酸素八面体連結角度の変化(左)とそれに伴う酸素原子の変位(右)。連結角度はGdScO3内では156度だが、SrRuO3内では最終的に168度になる。この連結角度の違いは界面のわずか4格子単位の厚さ(黄色い部分)で緩和されている。連結角度の変化を起こしている酸素原子の変位は20pmだという

このような観察は、遷移金属酸化物の構成原子の中で比較的軽い酸素の像を捉えることが難しかったため、これまでは平均的な格子の大きさの変化はわかっていても、八面体の変形や連結の変化を直接に確認することはできなかった。今回、ABF法により酸素原子を可視化し、さらにその原子位置を高精度に決定することで、酸素八面体の連結角度の変化による格子歪みの様子を直接観察することに成功した。このように、異なる格子歪みをもったヘテロ界面において、両者の構造の違いを吸収する界面層の厚さが特定され、その界面での酸素原子位置の変位の様子が明らかになったのは初めてと研究グループは説明している。

ペロブスカイト構造遷移金属酸化物は、様々な特性を示すことから、多くの用途で活用できる機能性材料として期待されている。今後は、本研究の成果を基に、新規な界面構造の設計や格子歪みの制御へと発展させ、新たな機能特性の探索研究を行っていく方針。特に遷移金属酸化物では、金属原子と酸素の結合を変化させることで電気伝導特性や磁気特性が大きく変化することから、将来のエレクトロニクス、スピントロニクスの分野における新材料の開発にもつながるとコメントしている。