東京薬科大学は6月18日、進化系統解析と遺伝子工学によって復元した祖先タンパク質の耐熱性を調べ、「コモノート」と名付けられた地球における全生物共通の祖先生物は75℃以上の高温環境で生息していた「好熱菌」であったことを示す実験的な証拠を得ることに成功したと発表した。

成果は、東薬大の山岸明彦教授、同・赤沼哲史助教、同・横堀伸一講師らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、6月17日付けで米科学雑誌「米科学アカデミー紀要(PNAS)」オンライン版に掲載された。

地球上の全生物は、大まかに共通の遺伝の仕組み、タンパク質を作る仕組み、そして共通の代謝の仕組みを持つ。こうしたことから、地球上の全生物は1つの共通祖先生物、あるいは、少なくとも1つの種から進化してきたのではないかと、現時点では考えられている。

生命の起源を研究する研究者たちは、全生物共通祖先についての理解を深めるため、特に全生物共通の祖先生物が生息していた環境温度に着目して研究を進めてきた。これらの研究では、主として祖先生物が持っていたタンパク質合成に関わるRNAの塩基組成、あるいは、祖先生物が持っていたタンパク質のアミノ酸組成を計算し、生育温度を推定している。

しかし、塩基組成、アミノ酸組成を計算する方法や、計算に用いたデータセットの違いによって、全生物共通祖先は常(低)温菌であったとする説と、好熱菌(50℃以上の高温で生育)であったとする説の両方の結論が得られており、統一的な結論が出されていなかった。さらに、全生物共通祖先が生息していた環境温度を実験データに基づいて推定した例もない。そこで研究チームは、祖先生物が持っていたと思われるタンパク質のアミノ酸配列を推定し、そのアミノ酸配列を持つタンパク質を実際に復元して解析することという手法でアプローチしたのである。

地球上の全生物をタンパク質合成に関わる塩基配列の類似性に基づいて分類すると、真正細菌、古細菌、真核生物(いうまでもなくヒトはここに含まれる)という3種類のドメインに分けることが可能だ。それぞれのドメインは単系統群となり、それぞれのドメインに属するすべての生物種は、それぞれのドメインにおける共通祖先から進化したとされている。

「ヌクレオシド二リン酸キナーゼ(NDK)」は、その真正細菌、古細菌、真核生物のほとんどの生物が持つタンパク質だ。また、「最後の共通祖先(the Last Universal Common Ancestor:LUCA)」とも呼ばれるコモノートも持っていた考えられている。そしてNDKの変性温度が調べられたところ、そのNDKを持つ生物の至適生育温度と正の相関関係があることがわかった(画像1)。従って、祖先生物が持っていたNDKを復元し、その変性温度を調べることによって、祖先生物の生育温度を実験的に推定することができるというわけだ。

画像1。いくつかの微生物の最適な生育温度とその微生物が持つNDKの変成温度との関係

そこで研究チームは、現存生物種が持つNDKのアミノ酸配列を比較することによって3種類の進化系統樹を作成し(画像2~4)、それぞれの進化系統樹における根元付近の古細菌祖先に相当する祖先型NDKのアミノ酸配列(Arc3~5)と真正細菌祖先に相当するアミノ酸配列(Bac3~5)を推定した。

祖先型NDK配列の推定に用いられた進化系統樹。画像2(左):束縛条件を付けずに作成された進化系統樹。画像3(中):古細菌と真正細菌とがそれぞれ独立した系統群となるように束縛条件を付けて作成された進化系統樹。画像4(右):リボソームRNAの塩基配列の比較によって作成された進化系統樹。赤は古細菌、黒は真正細菌の系統を表している

次に推定されたアミノ酸配列をコードする遺伝子を遺伝子工学的手法により合成し、大腸菌内で発現させ、祖先型NDKを精製した。祖先型NDKの変性 温度を解析したところ、すべての祖先型NDKは100℃以上まで変性しない高い耐熱性を持つタンパク質であることが明らかとなった(画像5)。

画像5。復元された祖先タンパク質の変性温度と推定される祖先生物の成育温度

さらに、画像1の検量線を用いて、真正細菌祖先生物と古細菌祖先生物の生育温度を推定したところ、古細菌祖先生物は92~97℃、真正細菌祖先は84~94℃で生育していたことが推定された。

次に研究チームが着目したのが、コモノートが持っていたNDKの耐熱性である。祖先配列の推定には「無根系統樹」を用いていたのでコモノートのNDK配列を直接推定することはできなかった。そこで古細菌祖先NDKと真正細菌祖先NDKのアミノ酸配列を比較し、全139アミノ酸残基部位の内、115部位は共通のアミノ酸種であることが確認されたのである。

ちなみに、なぜ無根系統樹を用いると直接推定することができないのかというと、無根系統樹が系統樹の内根を持たからだ。系統樹は現存する生物の遺伝子情報から作製するので、本来、原生の生物間の類縁性しか知ることができない。これらに何らかの情報を加えて、祖先が分岐した位置を示したのが「根」と呼ばれる。根の位置は共通祖先の位置に相当するので、無根系統樹は進化の出発点を示していないことになるというわけだ。

共通のアミノ酸種である115部位に関しては、コモノートのNDK配列も同じアミノ酸種を持っていたと予想でき、残りの24部位に関しても、コモノートのNDKは古細菌祖先か真正細菌祖先かどちらかのタイプのアミノ酸を持っていたと予想できるという。この考えに従うと、コモノートのアミノ酸配列として約1.3×108配列があり得ることになる。

そこで、研究チームは約1.3×108配列の中から最も耐熱性を低下させる配列を探すことにした。復元した祖先型NDKの中で最も耐熱性の低かった「Bac4」の24部位に、ほかの祖先型配列で見られるアミノ酸を1つずつ導入した29変異体を作製し、変性温度が調べられた(画像6)。さらに、変性温度を低下させたアミノ酸置換を同時にすべて導入した「Bac4mut4-N」も作製。また、単独では耐熱性を向上させる、あるいは、耐熱性に影響しないアミノ酸置換も、別のアミノ酸置換と同時に導入すると変性温度を低下させる可能性があるという。

そこで、Bac4に導入した29アミノ酸置換の内比較的近距離にある複数のアミノ酸置換を同時にBac4mut4-Nに導入し、アミノ酸置換を組み合わせた場合の変性温度に与える影響が調べられた(画像7)。そして、変性温度を低下させたアミノ酸置換の組み合わせを同時にBac4mut4-Nに導入し、「Bac4mut7」が作製されたのである。

画像6(左):Bac4に単独のアミノ酸置換を導入した時の変性温度。Bac4と比べて変性温度が上昇した場合は赤、変化しなかった場合は緑、低下した場合は青のバーで示されている。画像7:Bac4mut4-Nに、近接する複数のアミノ酸置換を同時に導入した時の変性温度。Bac4mut4-Nと比べて変性温度が上昇した場合は赤、変化しなかった場合は緑、低下した場合は青野バーで示されている。Bac4mut7の変性温度は橙色のバー

Bac4mut7は、コモノートのNDKのあり得るアミノ酸配列の中で最も変性温度が低い配列であると考えられ、且つ、Bac4mut7の変性温度は94℃であったことから、コモノートは75℃以上で生育していた「高度好熱菌」(好熱菌の内、50~80℃で生育するもののこと)、または「超好熱菌」(同じく80℃以上で生育するもののこと)であったと推定された(画像8)。

画像8。コモノートの生育温度の推定。画像1の検量線とBac4mut7の変性温度(94℃)から、その生育温度は75℃以上と推定された

コモノートについては、ゲノムの種類、生体膜を構成する極性脂質の光学活性、生育温度など、多くのことに関してはっきりとした答えは出ていないが、研究チームは今回の研究の手法を用いてその遺伝子の多くを復元することにより、生育温度以外の性質についても、明らかにできると考えられるという。近い将来、コモノートの多数の遺伝子が復元され、その遺伝子から合成されるタンパク質の性質が次々と明らかになってくれば、コモノートがどのような生物であったかが次第に判明し、生命の起源の解明に向けた有力な手がかりが得られると期待されるとしている。