北海道大学(北大)は6月14日、微小な外部刺激をきっかけに結晶中の分子配列が"ドミノ倒し"的に変化する有機化合物を発見・観測したと発表した。

成果は、同大 大学院工学研究院 伊藤肇教授らによるもの。詳細は「Nature Communications」に掲載された。

医薬品や有機半導体などの重要な材料である有機化合物の結晶は、小さな分子で構成されており、同じ分子からなる結晶であっても、分子の立体構造や配列パターンの違いが性質(色、電気の通し方、発光・蛍光の特性など)に影響することが知られている。また、有機化合物の結晶の内部構造は、常に安定した状態を保っているわけではなく、「こする」「衝撃を与える」といった外部からの刺激で変化することがあり、これまでに有機半導体分野では、有機ELなどの製造物の耐久性が下がるなどの事例が報告されている。

こうした結晶の内部構造の変化は、産業的にも重要な問題となるが、観測が困難などの理由からこれまでそのメカニズムについては、ほとんど研究が行われてこなかったという。

そうした中、研究グループでは、2008年に「こする」刺激によって結晶の内部構造が変化し、その影響で発光色(紫外線照射下でのリン光)が変化する有機化合物を発見。結晶の内部構造の変化を変色で観察できることから注目されたものの、有機化合物のどの部分に"外部刺激によって結晶の内部構造を変化させるメカニズム"があるのかを突き止めることができていなかったという。そこで今回、この課題の解明を目指し、2008年に発見した化合物の構造をベースに多数のサンプル合成および調査を行ったという。

新たに合成された有機化合物(フェニルフェニルイソシアニド金錯体)はシンプルな組成の分子で、その結晶の最大の特徴は、ごく小さな分子レベルの刺激を"ドミノ倒し"的に増幅させる点にある。例えば、1つの結晶には約20京個の分子が含まれており、分子1つを1個のドミノ牌と考えると、この現象は"世界最大のドミノ倒し"であると言えると研究グループでは説明している。もし、1つの分子を実際のドミノ牌の大きさに拡大して考えた場合、アフリカの喜望峰でドミノ倒しをスタートさせると、数時間でアフリカ大陸とユーラシア大陸全体を覆う牌が倒れるほどの規模になるとする。

今回の研究では、物理的な刺激による分子の変化を引き金として、構造変化が結晶全体に精密に広がる様子を観測することに成功しており、研究グループはこの結晶の特徴的な内部構造の変化を「分子ドミノ型増幅機構」と命名している。

発見された有機化合物「フェニルフェニルイソシアニド金錯体」。分子の形が平面やねじれに変化する

分子ドミノ型増幅機構の模式図。(1)ねじれ型の分子でできた結晶に微小な刺激を与える。(2)刺激により、結晶中の分子の一部が平面型に変化。(3および4)"ドミノ倒し"的に分子が平面型には変わっていき、結晶の内部構造が広がっていく

紫外線照射下での顕微鏡観察。微細な針で突いた外部刺激(白い矢印)を引き金として結晶の内部構造変化が広がっていく様子から左から時系列に迫った。突いた部分の発光色が青から黄色に変化し、9時間後には結晶全体が黄色い状態になった。結晶の大きさは1~2cm

なお、研究グループでは今後、"分子ドミノ倒し型増幅機構"では、外部からの刺激を現時点で最大約10万倍に増幅することが可能であることを確認しており、この機構を活用することで、原理的には分子1個の変化さえ検出できる超高感度な応答センサの設計が可能となるとしており、生命現象の解明や病気の原因究明に役立つツール開発につながることが期待されるとしている。また、医薬品や有機半導体の材料となる有機化合物の結晶構造をコントロールすると同時に、微小な外部刺激による性能劣化の予防に役に立つ知見が多数得られたことから、これらを活用することで、医薬品の製造時における劣化を防いだり、有機半導体の性能や耐久性の向上が可能になるとコメントしている。

今回発見された有機化合物の"ドミノ倒し"型の構造変化は結晶の構造を乱さないため(単結晶-単結晶相転移)、X線による詳しい観察が可能になった。刺激を受けたことで分子の形が変わり、分子同士(分子中の金原子)の距離(B、F)、分子が並ぶときの角度(C、G)、配列パターン(D、H)が変化していた。それにより、紫外線をあてたときの発光色が青色(A)から黄色(E)に変化する