海洋研究開発機構(JAMSTEC)、山口大学、高知大学、南デンマーク大学、スコットランド海洋科学協会の5者は5月29日、東北地方太平洋沖地震から4カ月後の2011年7月11~27日に、震源付近で最も深い日本海溝最深部において、震災による海底環境の変化を詳細かつ具体的に明らかにするため、2カ所の地点で、ビデオカメラ付き採泥器を備えた「フリーフォールカメラシステム」(JAMSTEC開発)を用いて水中と7000m超の海底の状況を震災直後では初となるハイビジョンカメラ撮影することに成功し、さらに堆積物コアの採取にも成功したことを共同で発表した。

成果は、JAMSTEC 海洋・極限環境生物圏領域の小栗一将技術研究副主幹らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間5月29日付けで英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。

今回の調査は、震災による海底環境の変化を詳細かつ具体的に明らかにすることを目的として、支援母船「よこすか」によって行われた緊急航海(YK11-E06、Leg1)の成果だ。調査は、震源から110km離れた日本海溝の海溝軸の地点(水深7553m:以下、「海溝軸地点」)、およびそこから4.9km東に位置する太平洋側の地点(水深7261m:以下、「太平洋側地点」)において行われた(画像1)。

画像1。調査地点地図。調査地点地図。左上の地図の赤い星印は震源を示す。黒実線は1000m間隔の等深線である。右下の地図は、左上の赤枠部分を拡大したもので、黒実線は100m間隔の等深線。オレンジ→紫でより深くなる

取得映像の解析が行われた結果、海溝軸地点で50m、大洋側地点で30mの高さまで強い濁りの層が存在することがわかった(画像2・3)。また、海溝軸地点の海底には生きた底生生物はほとんど見られないことも判明。さらに海底には一方向に対して強く、そして継続する流れの存在が確認され、生物の死骸や魚などが、より深い方向へ運ばれるなど、これまでに報告されたような、ナマコ類が海底に見られる環境とは大きく異なった異質な状況にあることも確認された。太平洋側の海底においては、海溝軸で観察されたような強い流れは存在せず、ヨコエビなどの仲間(端脚類)などの生物が泳ぐ姿が確認されている。

ビデオ映像から求められた水中を撮影した画像の明るさ。画像2(左)が海溝軸地点で、(画像)3が太平洋側地点のもの。濁度が高いと乱反射によって画像は明るくなるため、間接的に濁度の強さを示す。明るさは定性的な任意単位であり絶対値ではないが、水深に対して画像の明るさをプロットすることで、濁りの層の厚さを推定できる

両地点から採取された堆積物については、まずX線CTスキャナによる解析が行われた。その結果、海溝軸地点で採取された堆積物の表層から深さ31cmまでは、本震や余震で生じたと考えられる3回の乱泥流によって斜面の堆積物が移動・再堆積した「タービダイト」と呼ばれる層であることが判明。一方、太平洋側地点の堆積物からはタービダイトは確認されなかった。

なおタービダイトとは、斜面において発生した乱泥流によって、斜面の堆積物がより深い海底に移動・再堆積し形成された状況のことをいう。乱泥流は斜面を流れている間に、粒子の大きさにより分化し、最初に粗粒な粒子が堆積し、その後細粒な粒子が堆積して形成されるのが特徴だ。

さらに、ガンマ線分析装置を用いた堆積物の放射性核種濃度の分析も行われ、深海堆積物の場合、海底の表面付近に含まれると考えられる天然放射性核種である鉛210(半減期22.3年)が、タービダイト内でほぼ一定の高い濃度を示した。さらに、この層内からは過去の地上核実験によって放出されたセシウム137(半減期30年、地上核実験の年間回数が最大となった1963年に最も多く放出された)もほぼ一様に検出されている。

これらのことから、海溝軸に達した乱泥流による堆積物の起源は、元々は海溝斜面の表層にたまっていた堆積物粒子であること、さらに、乱泥流の到達後、さほど時間が経っていないことが推定された。一方で、福島第一原子力発電所の事故に由来するセシウム134(半減期2年)は検出されなかった。

一方、太平洋側で採取された堆積物の表層(深さ0~1cm)からに原発事故に由来するセシウム134が検出された。海溝軸と太平洋側の地点はわずか4.9kmしか離れていないため、セシウム134が太平洋側の海底にのみ堆積したと考えるのは現実的ではないという。

むしろ、セシウム134が検出されない海溝軸堆積物にはタービダイト構造が見られることから、海溝軸においては、一旦堆積したセシウム134が乱泥流によって表層堆積物と混合し、検出限界以下に希釈されたものと推定されるとした。このことは、日本海溝の海溝軸付近の斜面は震災後、重力的に不安定な状態がずっと続いており、乱泥流が数回発生するような環境になっていたことを示唆する(画像4・5)。

堆積物コアのX線CT画像と放射性核種の濃度。画像4(左)は開校時区側地点のもので、画像5が太平洋側地点のもの。CT値が高いほど堆積物の密度が高い。海溝軸の堆積物の0~31cmは、薄く密度が高い層と、厚く密度の低い層が積み重なって形成されていることがわかる。太平洋側の深さ13~15cm付近に見られる密度の高い層は火山ガラスが主成分であり、今回の震災とは関係がない。測定した放射性核種は鉛210、セシウム137とセシウム134であった。凡例中のExcess210Pbは、大気中や水中から海底にもたらされる鉛210を示す

また原発事故後数カ月で、日本海溝の海底でセシウム134が検出された理由として、マリンスノー(植物プランクトンの死骸などを主とする海水中を降下する有機物の集合体)に吸着し、沈降したことが考えられるという。

その証拠として、日本海溝周辺において、震災後の3月下旬から4月上旬にかけて植物プランクトンの大発生(ブルーミング)があったことが、NASAの衛星「Aqua」に搭載された中分解能撮像分光放射計(MODIS)によって取得され、宇宙航空研究開発機構(JAXA)と東海大学によって受信・可視化処理された東日本周辺のクロロフィルa濃度分布画像によると、原発事故に由来する放射性物質の放出量が最も多かった3月下旬から4月上旬に合致するように、日本海溝付近で大規模なブルーミングが起きていたことが明らかになった(画像6)。

画像6。NASA Aqua衛星によるリモートセンシングで得られたクロロフィルaの濃度分布とその時間変化。3月25日~4月3日に、大規模な植物プランクトンのブルーミングが発生している(黒色の円内)。図中の赤丸は2つの調査地点を含むエリアを示す

また、この時生じた大量のマリンスノーが、大気中からのフォールアウト(核実験や原発事故などによって放出された放射性物質が、大気中から地上あるいは海上に降下すること)、あるいは海流によって海洋表面に到達したセシウム134を吸着し、すみやかに海底に沈降させたと考えられる。

このことは、今回の観測航海の前の6月に行われた「よこすか」緊急航海(YK11-E04、Leg1)において、ディープ・トウカメラを使った海溝斜面の水深5800mの海底が撮影されており、この時に作られたと考えられるマリンスノーの集合体が海底を覆っている様子が確認されたことからも支持されるという(画像7・8)。

画像7(左):6月に行われた緊急航海(YK11-E04、Leg1)の際、ディープ・トウカメラによって撮影された日本海溝斜面の海底5800mの様子。白矢印で示されるオリーブ色のマット状の物質は植物プランクトンの凝集物。画像8:ドレッジによって採取された植物プランクトン凝集物の顕微鏡写真。珪藻殻から成り立っている。写真内の白線は100μmを示す

なお、今回撮影された海底のハイビジョン映像から、震災は水深7200mを超える深海域の環境や生態系にも大きな撹乱を与えたことが実証された形だ。深海生態系の維持や発達についてはほとんど知見がないため、今後、地震によって破壊された深海の生態系が、どのくらいの時間を経て復元していくかを知るための、経時的な調査を行う必要性を合理的に示唆する成果としている。

また、海溝軸の堆積物中に確認されたタービダイトの存在は、堆積物のさらに深部にも、過去の大地震で生じたタービダイトが存在する可能性を示唆するという。ピストンコアなどでより長尺の堆積物試料を採取し、タービダイトの周期やそれらの堆積年代を調べることができれば、大地震の発生周期の合理的推定など、防災・減災の効果的対応に寄与することが期待されるとした。

そして今回の成果により、原発事故に由来するセシウム134が短期間の内に深海底に達し、その移送が植物プランクトンのブルーミングと、それによって生じたマリンスノーによって説明されたことは、今後、海洋への放射性核種の輸送過程や放出量を推定する上で重要な基盤情報となるとしている。