防衛医科大学校学校(防衛医大)と早稲田大学(早大)は5月17日、早稲田大学先端生命医科学センター(TWIns)にて、「ナノ絆創膏を使った大静脈の損傷部閉鎖による止血治療 - 新規の創部被覆剤としての可能性 -」と題した記者発表会を、開発を担当した防衛医大の木下学准教授(画像1)、早大の武岡真司教授(画像2)らが行い、手術に革命を起こすといっても大げさでない新技術「ナノ絆創膏」の最新バージョンを披露した。今回は、その模様をお届けしたい。

画像1。防衛医大 免疫微生物学講座の木下准教授

画像2。早大 理工学術院の武岡真司教授

ヒトの身体の中で、傷がつくと非常に危険な血管というと、どこだと思うだろうか? おそらく、事故のようなすぐに手術できないような状況下においては、血圧の高い動脈に傷がつくことは間違いなく危険だろう。出血量が多いからだ。では、「手術中」という状況下であった場合、最も危険な血管はどこだろうか? これが意外に思うかも知れないが、大静脈(正確には、心臓より上部とつながる上大静脈、下部とつながる下大静脈がある)なのである(画像3)。

画像3。腹部の大きな血管。青いのが大静脈の1つ、下大静脈である

大静脈は全身から集まってきた血液が心臓に戻る直前に通る太い血管だ。静脈なので血圧は10~20mmHgと、通常でも100~130mmHgある大動脈に比べたらだいぶ低いのだが、それでも血流が非常に豊富であり、それにもかかわらず壁が薄いという、「少しでも傷がつくとそこから一気に裂け目が広がりやすい」という構造的な弱点を抱えている(事故などに遭わない限り、運動をした程度では、何かの病気などがない限りはそう簡単に破けるようなことはない)。そのため、外科医にとっては「セロファン」のような非常に破れやすいのが大静脈という認識で、実は大動脈よりもやっかいだという。

大動脈の場合、もし血管の壁に穴が開くと、前述したように健常者の通常の血圧なら100~130mmHgあるので血が間欠泉のように吹き出して、手術台に寝ている患者から天井まで血液が飛ぶそうだが(これは都市伝説でも、血で赤いからといって話を通常の3倍に誇張しているわけでも何でもなく、外科医として現役である木下准教授による説明)、逆に「どこに穴が開いているのかわかりやすい」ため、極端な話、緊急事態の時は指で一時的に塞いでおくといったことも可能なことから、それほど扱いの難しい存在ではないという。しかも、動脈の壁は分厚くて構造的にしっかりとしているため、傷が圧力に負けて裂けて広がってしまうようなことはないのだそうだ。

ところが大静脈の場合は難しい。10~20mmHgという血圧なので、天井に届くような出血はないのだが、それでも穴が開いた場合は確実に出血が進み、縫合せずに放っておけば、当然ながら失血死してしまう危険性がある。しかもセロファンのようだと前述したが、そこが非常にやっかいな部分なのだ。動脈に比べると低い血圧だが、それでも圧力がかかるため、セロファンのようにピリピリと裂傷が縦に広がっていってしまいうことがよくあるのだという。しかもたちの悪いことに、血があっという間に溜まってくるので、どこに穴が開いているのかがとてもわかりにくい。

そして肝臓などの手術の際、細い静脈が肝臓などの臓器と大静脈をつないでいるのだが(画像4)、臓器を動かさないとならないこと(例えば、がんでは開腹したお腹側にあるとは限らず、臓器をめくってみたりする必要がある)が往々にしてあるのだが、動かした結果としてそうした細い静脈を引っ張って大静脈の根本から抜いてしまい、そこから一気に裂傷状に裂けて広がっていく…といったことがある。この細い静脈は、人それぞれで異なるため、見てみないとわからないという点もやっかいだし、臓器に裏側にあって見えないこともよくある。

画像4。非常に扱いが難しい肝臓周辺

大静脈が裂けて出血し出すと、その箇所が多ければ、もはや本来の手術を行うところではなくなり、患者の生命を救うために、専門的な血管外科医による破れた静脈の縫合が優先となってしまうという。患者にとっても当然命に関わってくるし、執刀医たちにとっても非常に体力を使わされる可能性があるやっかいな血管が、大静脈というわけである。

現在、大静脈が破れるようなことがあれば、血管を縫合することでふさいでいるのだが、それはそれでまた問題がある。術後、炎症などから血管が臓器などに癒着してしまい、再手術の際には血管とその癒着している先の臓器などを傷つけないようにしつつ引きはがすという、これまた高度な技術が必要とされるのだ。とにかくにも、扱いの難しい存在が大静脈なのだ。

前置きが長くなったが、このような患者の生死に関わる大静脈の扱いの難しさをなくすため、木下准教授や武岡教授らは共同で、ナノテクノロジーを応用した止血技術の研究を進めてきた。2009年に今回のナノ絆創膏の前バージョンといえるものを発表しており(画像5)、肺表面の胸膜損傷や消化管の穿孔、脳のクモ膜欠損部などに貼ることで、効果的な組織被覆作用があり、しかも治療部位を癒着なしに元の状態に治癒させるというものだが、今回はそれをベースに、「重ね貼り」ができること、血液(液体)に対応したことの2点を改良強化して、大静脈の出血時に絆創膏のように貼れて、すぐさま止血効果を現す「ナノ絆創膏」に至ったというわけだ(画像6・7)。

画像5。2009年に発表された、イヌの肺表面の胸膜損傷などにナノ絆創膏を使用した際の様子

画像6。ピンセットではがしている透明なシートがナノ絆創膏。こうするとクッキリ見えるが、厚さは75nmしかないため、貼り付けるとなかなかわからない

画像7。血管を模したチューブの中央に裂傷があり、そこを中心にナノ絆創膏が貼り付けられている。肉眼ではわかったが、この画像だとちょっと難しい

このナノ絆創膏は、その名が示す通り、厚みが細胞膜と同じ程度の75nmしかない(画像8)。このようにナノレベルまで薄くしてシート化すると、どんな物質にも共通の物理現象として働く、分子間力の1種である「ファンデルワールス効果(力)」が発生する(画像9)。その効果によって強固な接着力が生じるため、わずかな水分を除いて特に接着剤などを必要とせず、貼り付けた対象物との間にすき間がまったくないほど貼り付き、まさに一体化してしまうのだ(貼り付ける時の水は後に蒸散してなくなる)。

ナノ絆創膏はいってみれば、パンクした自転車のタイヤのゴムチューブにパッチを貼るようなイメージで、シールのようにペリペリとはがして傷口にくっつけるだけ。ファンデルワールス効果で、自動的に裂傷の生じた大静脈に貼り付き、血が漏れ出ないようにしてしまうのである。

画像8。ナノ絆創膏は厚さはわずかに75nmしかない

画像9。膜圧が薄くなればなるほど、接着力が増していく

なお、貼り付けた対象物と接する別の組織などに、ファンデルワールス効果で表面が貼り付いてしまわないかというと、それは起きない。最初に貼り付いた対象物に完全に一体化してしまうので、その後にほかの臓器などに接しているように見えても、ナノレベルではもはやファンデルワールス効果が働くほど密着しないからである(画像10)。

ナノ絆創膏の成分は抗菌効果のある「キトサン」と「アルギン酸ナトリウム」であり、これらが交互に複数重なっている多層構造だ(画像11)。もちろん安全性の面はまったく問題ない。キトサンはカニやエビの甲羅などを作っている「キチン」を処理することで得られる多糖類だし、一方のアルギン酸も海草に含まれている多糖類。生体内で毒性もなく分解する化合物なので、2~3週間でなくなってしまうという(正確には、11日間で厚さが半分まで減っていることが実験で確認されており、そのペースが維持されると、約3週間でなくなるという予想)。大静脈の傷は1週間ぐらいでふさがるので、2~3週間の耐久性があれば問題ないという計算だ。ちなみに縫合した場合は、その糸が溶けるまではもっと期間がかかる。

画像10。1度対象の組織に貼り付いてしまえば、表面がほかの組織に貼り付いてしまうようなことはない

画像11。ナノ絆創膏のベースとなるナノシートは、「layer-by-layer法」で作られる

1枚で20mmHgの圧力までは耐えられ、大静脈からの出血にはまったく問題ない。しかも、最大5~6枚程度まで重ねて貼ることが可能で(1枚がファンデルワールス効果で完全に接着したら次の1枚をという形で貼っていく)、重ね貼りすれば80mmHgまで耐えられるようになる(動画1・2)。4枚目までは重ねて貼った枚数の分だけ耐えられる圧力が増えていくのだが、それ以降は伸びないそうだ。

動画
動画1。実際に記者会見の際に行われた実験の様子。2枚重ね貼りした状態で血管と同じ弾性度のシリコンチューブに血液と同じ粘稠度にした液体を30mmHgの圧力で通しているが、漏れてこない
動画2。1枚だけ貼って30mmHgをかけ、圧力に耐えられずに穴が開いて生理食塩水が吹き出てくる様子を撮影した動画

そのため、大動脈の止血には難しい。先ほども述べたように、大動脈は通常でも100~130mmHgあるので、200mmHg程度の圧力に耐えられる接着力や強度が必要だという。よって、大動脈にも使えるようにすることが今後の課題の1つとしている。また、完全に切断されてしまった静脈をナノ絆創膏でテーピングするようなイメージでつなげることができるかというと、さすがにナノ絆創膏だけだと心許ないという。よって、3箇所ぐらいまず縫合して血管同士を仮留め的につないだ上で、その上にナノ絆創膏を貼る形ならば問題ないだろうとした(これでも、血管を1周縫合することに比べたらかなり手間は少ない)。

そして作り方は、現在はシリコン基板上にまず「ポリビニルアルコール」を塗布し、その上にキトサン、アルギン酸ナトリウムと交互に層を作り、さらにキトサン、アルギン酸ナトリウム、キトサン、アルギン酸ナトリウム…という具合で重ね、それぞれスピンコーティング交互積層法(毎分4500回転、15秒、10.5ペア)で薄く引き延ばす形だ。現在は、最大4~5cm角のものを作ることができ、このサイズ1枚があれば、人に利用する際はだいたいの傷に対応できるという(さらに傷が大きかったとしても、2枚目、3枚目を貼ればまったく問題ない)。

今後、製品化に向けて現在の方法では工業生産的には向いていないため、シリコン基板は絶対的に必要としているわけではないことから、ロールクォーター方式で工業的に生産する作り方を検討していくとしている。

それから今回の実験だが、家兎6匹を用いて行われた。下大静脈に7mmの切開を加えた「大量出血モデル」を作製し、ナノ絆創膏を貼って実際に閉鎖止血が可能かどうかが確かめられた形だ(動画3)。6匹すべてで成功しており、兎が命を落とすようなことはなかった。動物保護の問題から実際に試すことは不可能だが、100匹試したとしても、100%の結果を出せるとしている。また治療部位に狭窄やコブなどの変形もなく、縫合した場合と異なり、癒着も認められなかったという。ちなみに兎の大静脈も血圧はほぼ人間と変わらないため、兎で止血できたことはそのままヒトでも問題なく行えるということだ。

動画
動画3。大量出血モデルの家兎の開腹し、7mmの切開を入れられた下大静脈にナノ絆創膏を貼る様子

また、木下学准教授と武岡教授の共同研究チームは、2012年の9月に、やはり止血を目的とした「血小板代替物ナノ粒子」(画像12)も発表している(記事はこちら)。詳しくは記事を読んでもらいたいが、血小板代替物ナノ粒子は、血液中で止血の役割を担う「血小板」の代替え物質、つまり人工血小板だ。目的が同じ止血であることから、どのように棲み分けるのかというと、血小板代替物ナノ粒子は内側から、ナノ絆創膏は外側からということで、実際に医療現場でヒトに利用できる段階になったら、併用することになるだろうという。

血小板代替物ナノ粒子は実際に止血するまでに、ナノ絆創膏を巻いたようにすぐにというわけにはいかないが、それでも臓器の陰など「見えない・見えにくいところ」からの出血をどんどん減らすことができるので、手術において確実にメリットがある。そしてナノ絆創膏は、どこから出血しているのかをおおよそでも見極める必要があるが、貼ってしまえばすぐに止血できるというわけで、併用すれば手術中の出血多量による死亡という事態は、ゼロとまではいかないかも知れないが、かなり数を減らせることが想像に難くないというわけだ。

画像12。血小板代替物ナノ粒子が止血する仕組みの模式図

ただ、木下准教授も武岡教授も、手術中の出血多量による死亡を減らすということももちろん無視しているわけではないが、それよりも負傷者が多量に出る大事故や震災において、「トリアージュ」(ある1人を救おうとする間に、例えば10人の命が危険になるというような可能性がある場合は、その1人には救命措置をせず、10人を優先するという、より多くの人命を救うことを第一に判断を下すこと)でもって、やむなく処置しないと判断された結果的に命を落とす人を減らすということを目的としている。

血小板代替物ナノ粒子さえ輸血しておけば止血でき、さらに木下准教授も武岡教授も研究しているという人工血液(5月14日に中央大学が発表した人工酸素運搬体「ヘモグロビン-アルブミン クラスター」(記事はこちら)を開発した小松晃之教授は、木下准教授も武岡教授と当然ながら交流がある)を輸血できれば、ひとまずは命に別状はないという状態にできるというわけだ。

よって、木下准教授も武岡教授も震災などに備えて、こうした血小板代替物ナノ粒子や人工血液をストックしておけるよう政府などに働きかけていきたいとしている。ただし、いつ起きるかわからない震災にどれだけ備えておけるかといった費用的な問題などもあり、どれだけストックするのかといったことを決めるのはなかなか難しく、それらの生産や備蓄に対して税金を使うことの一般の人々への理解なども含めて、今後はそうした部分の話し合いや研究も進めていかないとならないとしている。

また、今回のナノ絆創膏の製品化については、まだ具体的に名称は出せないが、興味を持って打診してきている企業もあるという。日本は、薬にしろ手術用ロボットなどを含むそのほかの医療技術にしろ、いかんせん認可されるまでに時間がかかりすぎることが問題となっているわけだが、その状況も短くなる方向で変わってきているということで、できるだけ早く、「4~5年後」を目標に製品化するとした(手術の現場で実際に人に使われるようになるのに、絶対に10年はかからないとしている)。

ナノ絆創膏が一般で使われるようになりさらに人工血小板や人工血液も同じように認可されれば、今までなら出血多量で失われていた命も助かるようになることは確実だろう。そんな時代がもうすぐ来るというわけだ。さらに進んで、これらが手術室だけでなく、救急医療の現場でも使えるようになれば、救急車が到着するまでがんばれれば、もう出血死するような心配はなくなるかも知れない。ここ5年、10年で医療の現場が大きく変転しそうな、そんな可能性を感じさせてくれるナノ絆創膏なのである。