理化学研究所(理研)は4月18日、ヒトの白血病状態を再現した「白血病ヒト化マウス」を用いて、従来の抗がん剤が効きにくい「白血病幹細胞」を含め、ヒト白血病細胞をほぼ死滅させることができる低分子化合物を同定したと発表した。

成果は、理研 免疫・アレルギー科学総合研究センター ヒト疾患モデル研究グループの石川文彦グループディレクター、同・齊藤頼子上級研究員と、創薬・医療技術基盤プログラム(後藤俊男プログラムディレクター)、生命分子システム基盤研究領域(横山茂之領域長、現・横山構造生物学研究室上席研究員)、国家公務員共済組合連合会虎の門病院血液科(谷口修一部長)らの共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、「Science Translational Medicine」4月17日号に掲載された。

急性骨髄性白血病は、成人に多い予後不良な悪性の血液疾患で、血液がんの1種だ。「慢性骨髄性白血病」とは異なり、原因となる遺伝子異常が多岐にわたることから治療薬の開発が困難であり、世界中で再発克服の手段が研究されている。そうした中、成果も出てきており、現在は「寛解(白血病細胞の数が減少し症状が改善すること)」をもたらす抗がん剤も開発されるようになってきた。しかし、一度、寛解状態となっても、原因となる遺伝子異常によっては高い確率で再発してしまい、死に至ることもあるのが現状だ。

そうした中、研究チームはこれまでに患者由来の検体を用いた研究を一貫して行い、白血病再発の原因となる白血病幹細胞やそれが局在する場所を同定し、なぜ白血病幹細胞が抗がん剤に対して抵抗性を示すのかを明らかにすると共に、白血病幹細胞に発現する25種の分子標的を同定してきた。今回、これらの成果をもとに、白血病幹細胞を死滅させうる分子標的医薬の開発を目指し、薬の候補となる低分子化合物の同定に挑んだのである。

研究チームが着目したのは、2010年に同定した25種の分子標的の中の1つで、多数の患者の白血病幹細胞に共通して発現し、特に細胞の生存や増殖に関係すると考えられるリン酸化酵素「HCK」だ。リン酸化酵素とはリン酸基をほかのシグナル伝達分子に付加する酵素のことで、一般にシグナル伝達系において、リン酸基の付加はシグナルの伝達を意味している。

そして数万の化合物ライブラリの中から、HCKの酵素活性を最も強く阻害する低分子化合物「RK-20449」を選び、理研が所有する大型放射光施設「SPring-8」などでX線構造解析を行ったところ、HCKとRK-20449が強く結合していることが確認された。

続いて研究チームが実施したのは、実際にRK-20449がヒトの白血病幹細胞を死滅させることができるかどうかの評価だ。試験管内では、非常に低濃度のレベルから、投与する濃度に依存して患者由来の白血病幹細胞を死滅させることに成功したという(画像1)。

画像1。試験管内での薬効。数10nMという低濃度の段階から、RK-20449の濃度に依存して患者由来白血病幹細胞が死滅することが確認された

研究チームはさらに有効性を確認するため、白血病状態を再現するべく、患者から得られた白血病幹細胞を免疫不全マウスに移植して白血病ヒト化マウスを作製。そして、生体内での有効性の評価を実施した。白血病ヒト化マウスに対し、数週間にわたってRK-20449を毎日投与したところ、最初はヒト白血病細胞が存在していたが、1週間後には10分の1以下に減少。さらに5週間後には、マウスの末梢血からすべてのヒト白血病細胞がなくなった。また、投与中は治療抵抗性を示すヒト白血病細胞の増殖は見られなかったという。

さらに投与が続けられ、2カ月後には骨髄でも白血病幹細胞を含むほぼすべての白血病細胞が死滅していることが確認された。その一方で、正常な血液細胞は維持されていることも確かめられている(画像2)。それに対し、従来の抗がん剤を白血病ヒト化マウスに投与したケースでは、2箇月後の時点で骨髄内に多くのヒト白血病細胞(褐色)が残存したままだった(画像3)。

画像2。化合物単剤投与による血液中の患者由来白血病細胞の消失

画像3。治療2カ月後、従来の抗がん剤治療との比較

またRK-20449は、「Flt3」という遺伝子に異常を持ち、従来の抗がん剤に抵抗性を示す悪性度の高い「急性骨髄性白血病」症例に対しても有効であることが判明。急性骨髄性白血病は、発症すると骨髄では赤血球など正常な血液の産生ができないことから、貧血(骨髄が真っ白)になってしまう。同時に脾臓でも、ヒト白血病細胞が充満し、脾臓の脾腫(腫れて体積が増している腫大状態)が認められるようになってしまうのだ(画像4・1列目)。

従来の抗がん剤を投与しても貧血と脾腫に改善は認められなかったが(画像4・2列目の上側)、RK-20449を投与したところ、6日間の連続投与で早くも貧血・脾腫ともに速やかに改善することが確かめられた(画像4・2列目の下側)。さらに52日間の連続投与の結果、末梢血で白血病細胞が再び増加することはなく、骨・脾臓ともに正常に近い外観を示したのである(画像4・3列目)。

画像4。化合物投与による骨髄での白血病細胞減少・正常造血回復・脾腫消失

研究チームは、今回の研究の重要な点として、(1)実際に再発している患者由来の検体を用いた検証であること、(2)試験管内だけでなく白血病ヒト化マウスの生体内においても白血病幹細胞をほぼすべて死滅できたこと、(3)急性骨髄性白血病のすべての症例ではないものの、最も悪性度が高いとされる遺伝子異常を持ったタイプに有効であること、(4)白血病幹細胞を含むすべての白血病細胞に効果があること、の4つの課題を達成できたことだという。今後、新たな白血病根治薬の開発に貢献すると期待できるとコメントしている。なお、下の動画は、石川グループディレクターへのインタビューを含める、今回の成果をより一般向けに解説したものだ。