東北大学は4月2日、タンパク質リン酸化酵素「NDR2」が、細胞表面に存在するアンテナとしての役割を持つ微小突起「一次繊毛」の形成に関与することを明らかにし、その形成に関わる新たなシグナル伝達経路の解明に成功したと発表した。

成果は、東北大大学院 生命科学研究科の千葉秀平助教、同・水野健作教授らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、3月20日発行の「The EMBO Journal」および3月22日付けで同オンライン版に掲載された。

ヒトの身体を構成する細胞の表面というと、ツルンとしたイメージを思い浮かべる人が多いのではないだろうか。なんとなくツルンとした細胞がいくつも連なっているようなイメージである。しかしそれは誤ったイメージで、細胞の多くは、一次繊毛という数μmの小さな突起構造を細胞表面に持つ。一次繊毛は、動物細胞の細胞内小器官の1つである「中心体」に由来する「基底小体」という基礎の上に伸長した、同じく細胞内に存在する細胞骨格の1種「微小管」を主成分とする「軸糸」があり、それを「繊毛膜」が取り囲んだ構造を持つ非運動性の突起構造だ(画像1)。

画像1。一次繊毛の構造の模式図

その機能は長らく不明だったが、近年になって、一次繊毛の膜表面には細胞外からの機械的・化学的シグナルを受容し応答するための受容体やイオンチャネルが高密度に局在していることが明らかになってきた。つまり一次繊毛は、細胞が外部環境を感知するためのアンテナとして細胞の恒常性維持、増殖・分化の調節など、細胞機能の発現に重要な役割を担っていたのである。

また、一次繊毛の形成異常や機能不全は「嚢胞性腎疾患」、「網膜変性症」、「内臓逆位」、多指、肥満など多様な症状を呈する疾患の原因となることが明らかになり、「繊毛症」として知られてきた(画像2)。ちなみに一次繊毛の形成と細胞の増殖は相反する関係にあり、一次繊毛は細胞増殖の休止期に形成され、増殖期には消失するという特徴を持つ。そのことから、逆に一次繊毛の形成と崩壊こそが細胞周期の進行を調節し、細胞の増殖と分化を制御していることも示唆されている。

これらのことから、一次繊毛は、細胞が細胞外環境に応答して、適正に増殖・分化し、機能を発現する上で重要な役割を果たしていると考えられるというわけだ。しかし、細胞増殖の休止期に一次繊毛が形成される分子機構についてはこれまで明らかにされていなかった。

画像2。繊毛症は、全身のさまざまな部位において症状が発生する

研究チームは今回、まずタンパク質リン酸化酵素のNDR2に着目。「ヒト網膜色素上皮細胞(RPE細胞)」においてこの酵素の発現を抑制したところ、細胞休止期における一次繊毛形成が抑制されることが見出された。この結果は、NDR2が一次繊毛形成に必要であることを示しているというわけだ。

一次繊毛の基底部には基底小体が存在することは画像1の通りだが、一次繊毛が形成されるためには、その元となる中心体の近傍に「膜小胞」が集積・融合して「繊毛小胞」と呼ばれる膜構造を形成し、基底小体へと変換されることが必要だ。この過程には、低分子量Gタンパク質「Rab8」とその活性化因子である「Rabin8」や、膜小胞の繋留に必要な「Sec15」が関与することが知られている。

そして次に研究チームが見出したのが、NDR2がRabin8をリン酸化し、その結果、Rabin8の結合特異性の切り替えを引き起こし、膜小胞を構成する脂質である「ホスファチジルセリン」を含む膜小胞から、「中心小体」(2つ連なることで中心体を構成する細胞内小器官)にあるSec15に結合能がスイッチされることであった(画像3)。その結果、NDR2がRabin8のリン酸化を介して、Rabin8の膜小胞から中心体への移行と中心体近傍でのRab8の活性化を促進し、さらに一次繊毛形成の初期過程であるRab8とSec15による膜小胞の繋留と融合も促進。繊毛小胞と一次繊毛の形成過程に、重要な役割を担っていることを強く示唆したのである。

画像3。一次繊毛形成におけるNDR2の機能

NDR2の上流因子として知られる「MST/Hippo」は細胞増殖を抑制するシグナル伝達経路の主要な因子として知られている。従って今回の研究は、これまで不明であった細胞増殖抑制シグナルと一次繊毛形成を結びつける重要なシグナル経路を解明したものと考えられると、研究チームは述べている。なお最近になって、NDR2はヒトの「Lever先天性黒内障」に相当するイヌの繊毛症の1つである網膜変性症の原因遺伝子であることが同定された。よって、今回の研究成果は、今後、ヒトの網膜変性疾患など繊毛症の病因解明につながることが期待されるとしている。