理化学研究所(理研)と高輝度光科学研究センター(JASRI)は4月2日、特殊な高周波電場を使用し、電子ビームの広がり(エミッタンス)を低減することにより、X線の輝度を大幅に向上する手法を考案し、この手法を理研が所有し、JASRIが運営する大型放射光施設「SPring-8」の蓄積リングに適用すると、輝度が約3倍向上することがわかったと発表した。

成果は、理研 放射光科学総合研究センター XFEL研究開発部門の田中均部門長、JASRI加速器部門の下崎義人研究員らの共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、近日中に米科学雑誌「Physical Review Letters」に掲載される予定だ。

近年、理研が所有する「SACLA(SPring-8Angstrom Compact free electron LAser:さくら)」をはじめとした、X線自由電子レーザー(XFEL)が稼働し、X線領域でレーザーが利用できるようになってきている。XFELとは、X線領域で自由電子をレーザー媒体として増幅するレーザーのことで、可干渉性を持ち、短いパルス幅、高いピーク輝度を持つのが特徴だ。

このXFELを用いれば、フェムト秒(fs)の短パルス性(ストロボ)と10GWを超える高強度特性を使うことができ、原子が動く極短時間スケールで原子レベルの空間分解能で現象を観察することが可能だ。ちなみに1fsは、光ですら0.3μmしか進めない短い時間だ。

しかし、X線レーザーにも短所はある。エネルギー密度が高いために、観測した試料を破壊してしまうのだ。このため、ピコ秒(ps)以上の長い時間スケールでの観測をXFELで行うことは、現実的には困難である。

一方、現在世界中で「空間干渉性の高い」(空間干渉性光の位相が空間的にきれいに保たれていることで、「コヒーレンス」とも呼ばれる)X線が利用できる次世代リング型放射光光源の開発競争が活発化している状況だ。SPring-8もその次世代(第3世代)に賊する施設で、1990年代以降に建設が進んだ電子蓄積リングを用いた放射光光源のことである。これら第3世代放射光光源は多数の直線部を有し、そこに電子を蛇行させ高輝度の「準単色高輝度光」を生成できる「アンジュレータ」と呼ばれている挿入型の光源を設置できるように設計されているのが特徴だ。

そして次世代リング型放射光光源は、XFELに比べると強度が弱く、XFELでは観測が難しいピコ秒を超える長い時間の現象を、試料を破壊することなく観察することができる。また、放つビーム(光)の位相が空間的にきれいにそろうため、XFELと同様に観測対象を結晶化することなく観察ができるというわけだ。

従って、XFELと次世代リング型放射光光源の2つを用いることで、観察対象の結晶化という制約を受けずに、見たいものをそのまま原子レベルの分解能で、原子の動き出す時間から対象現象が終了する時間まで長時間観察できるようになるのである。この2つの光源を用いた、極短時間の観測とピコ秒以上の観測の組み合わせにより、ものづくりに必要とされる多くの素材に関する有効な情報が得られるとの期待が寄せられているところだ。こうした理由から、XFELの建設ラッシュと並行し、X線領域での次世代リング型放射光光源の輝度向上を巡る開発競争が日米欧で展開されているのである。

リング型放射光光源から出てくる光の輝度は、リングに蓄積する電流と電子ビームの特性で決まる。多くのパラメータの中で光源の空間干渉性を制限し、実験で使用する光の輝度を低減させているものが、電子の水平振動に起因する「水平空間広がり」と「角度発散」だ。これらは水平エミッタンスという力学パラメータで表される。このエミッタンスが大きいと全体として広がりやすい電子ビーム、逆に小さければシャープで良質な電子ビームといえるというわけだ。

そして、水平エミッタンスを低減することができれば、輝度を向上させることも可能となる。水平エミッタンスを直接低減する方法もあるが、研究チームでは今回、水平エミッタンスを輝度への影響が小さい電子ビーム進行方向の振動のエミッタンスに換える「エミッタンス交換」の手法を検討した。

エミッタンス交換による輝度の向上は以前からよく知られていたが、これまでの方式では、磁場を用いてエネルギーの高い電子からのX線放射を促進するため、電子ビームの軌道がリング全周に渡って歪み、周長に沿って存在する光源点がずれるといった問題が生じていたのである。このため、リング型放射光光源に対してこの手法を導入することが見送られてきたというわけだ。

そこで研究チームは、従来の静的な磁場に代わり、電子ビームの水平変位に比例して加速電界が変わる高周波電場を用いてエミッタンス交換を行う手法を試みることにした。画像1が、カップリング空洞を用いて発生させた水平変位に比例する高周波加速電界である。磁場(赤丸)は電場(青矢印)を囲むようにループ上に空洞内に発生し、左側から空洞に入ってきた電子ビームは電場により、水平プラス変位(中心から紙面上方向)が加速を、マイナス変位(中心から紙面下方向)が減速される仕組みだ。

画像1。カップリング空洞を用いて発生させた水平変位に比例する高周波加速電界

しかし、高周波電場は同時に高周波磁場も伴うので、そのままでは2つの効果が打ち消し合いエミッタンス交換を行うことができないという問題がある(画像2)。それを解消するため、高周波電場を発生する空洞を一対にして、その間の電子の水平振動の位相を半周期になるように調整し、磁場の効果を2つの空洞間に閉じ込めた(画像3)。これによって、電場の効果だけを足し合わせることを可能にしたのである。

画像2。カップリング空洞の磁場と電場による効果の相殺

画像3。一対のカップリング空洞による磁場の効果の封じ込め

この手法はどのようなリング型光源にも適用が可能だという。実際に研究チームは、今回提案したシステムをSPring-8の蓄積リングに導入し、どの程度水平エミッタンスを低減(輝度を向上)できるかの評価を、数式モデルとシミュレーションを用いて行った。その結果、理論限界の3分の1近くまで低減できることが確認できたのである(画像4)。さらに、このシステムを例えば3msごとに(1秒間に333回)運転を行えば、理論限界を超えたエミッタンスの低減が可能なことも判明した。

画像4。今回提案した方式による水平エミッタンスの低減効果。赤鎖線はエミッタンス交換による水平エミッタンス低減率の限界を示す

今後、目標としている次世代リング型放射光光源の性能は、水平エミッタンスをこれまでのSPring-8で代表される第3世代放射光光源の実績値(数nm・rad)から、さらにその30分の1から100分の1まで低減する必要があるという。これは非常に難しく、これまで培ってきた技術、知識や経験の単純な延長では困難だとする。新しいエミッタンス低減化策をいくつか導入し、これまで積み上げてきた技術に融合させることで、研究チームはこの目標を達成することを目指すとした。

さらに今回考案された手法は、これは、「電場を使用して振動モード間でのエミッタンス(エネルギー)交換はできない」という、ケンブリッジ電子加速器で加速器の理論研究を行っていたケネス・ロビンソンが1958年に発表した定説を覆すもので、学術的にも大きな発見でもあり、エミッタンス低減策のパラダイムシフトが期待できる大きな発見の1つであることから、その実現を後押しすることが期待されるとしている。