北海道大学(北大)は4月3日、痛みが不快感を起こすメカニズムが、脳の分界条床核という部位で2種類の神経ペプチドが作用することで発生することを明らかにしたと発表した。

同成果は同大大学院薬学研究院の井手聡一郎 助教、同 原大樹氏(修士2年)、同大大学院医学研究科の吉岡充弘 教授、同大大学院薬学研究院の南雅文 教授らによるもの。詳細は米国神経科学誌「The Journal of Neuroscience」に掲載された。

ヒトは痛みを不快に感じることにより、怪我や病気などのさまざまな症状に気づく。また、動物も痛みを不快に感じることで危険な場所を回避したりすることが知られている。しかし近年、何らかの要因から慢性的な痛みが続くと、その不快感からうつ病や不安障害などの精神疾患が引き起こされ、そうした精神状態がさらに痛みを悪化させるといった悪循環も報告されるようになってきており、不快感を司る神経機構の解明が求められていた。

近年、慢性的に痛みが続くと、精神疾患の引き金となり、そうした精神状態がさらに痛みを悪化させるという悪循環が報告されるようになってきた

そこで研究グループは今回、不快な経験をした場所には近づかなくなるという動物の習性を利用した「条件付け場所嫌悪性試験」をラットに用いて実験を実施。ラットは痛み刺激を与えられた場所には学習して近づかなくなる、もしくは滞在時間が短くなるが、痛み刺激を与える10分前に脳の分界条床核と呼ばれる部位に、さまざまなストレスにより脳内で分泌され、全身性のストレス応答や不安を引き起こすことが知られてる神経ペプチド「CRF(コルチコトロピン放出因子)」の働きを抑制する薬物を投与しておいたところ、痛み刺激を与えた場所での滞在時間は、痛みを与える前後でほぼ同じであることが確認された。

また、分界条床核に、同じく摂食やエネルギー代謝の調節に関与することが知られており、脳内に投与すると不安や不快を抑制する神経ペプチド「NPY(ニューロペプチドY)」 の働きを促進する薬物を投与した場合も、痛み刺激を与えた場所での滞在時間は、痛みを与える前後でほぼ同じであることが確認されたという。

ラットに特定の場所で痛み刺激を与えることで、その場所は痛いということを学習させたうえで、2種類の神経ペプチドを用いた実験が行われた

これらの結果から、CRFの働きの抑制およびNPYの働きの促進が、痛みによる不快感を抑制したことによると考えた研究グループは、続いて1つひとつの神経細胞の活動状態を計測することが可能な電気生理学的手法を用いた解析を実施。

これまでの研究から分界条床核の神経細胞は、1型から3型までの3種類に分類されることが知られているが、今回の実験では、CRFとNPYはともに2型の神経細胞のみに働き、CRFは神経活動を亢進させ、NPYは神経活動を抑制することが判明したとする。

これは、痛み刺激が加わると、分界条床核でCRFの働きが強まり、「不快神経」である2型神経細胞の活動を亢進させることで不快な感情を引き起こしていることを示す結果であり、研究グループでは、この分界条床核の不快神経活動亢進が、脳内報酬系と呼ばれる神経回路で「快神経」として働いているドパミン神経の働きを抑制することで、痛みが不快感を引き起こしたり、また、痛みがあると楽しいことが楽しく感じられなくなったり、やる気が出なくなったりするものと考えられると説明している。

今回の研究により、脳内の不快神経を同定することができた

なお研究グループでは、今回の研究で同定された不快神経は、痛みだけでなく、苦み・酸味や悪臭、暑さや寒さなどの感覚刺激、さらには、精神的なストレスにも反応して活動亢進し、不快な感情を引き起こすと考えられるほか、この神経細胞の活動異常が、うつ病や不安障害などの精神疾患に関与している可能性が考えられることから、今後、疾患モデルにおける分界条床核「不快神経」活動の解析を進めることで、うつ病や不安障害のメカニズム解明と治療薬開発につながることが期待されるとコメントしている。