産業技術総合研究所(産総研)は3月28日、太陽光発電技術研究組合(PVTEC)と共同で、薄膜シリコン太陽電池内部の光吸収力を増強する新しい光閉じ込め構造を開発し、この構造を用いた薄膜微結晶シリコン太陽電池で最高となる発電効率10.5%を達成したと発表した。

同成果は、同所 先端産業プロセス・低コスト化チーム 齋均主任研究員らによるもの。詳細は、3月27日~30日に神奈川工科大学にて開催される「第60回応用物理学会春季学術講演会」と4月1~5日(現地時間)に米国サンフランシスコで開催される「米国材料学会」で発表される。

ハニカムテクスチャ構造の基板上に形成した微結晶シリコン太陽電池(直径5cm)

近年、世界中で太陽電池の普及が進んでいるが、その大半が結晶シリコン太陽電池だが、シリコンのコストなどが課題となり、さらなる普及に向けては低コストな材料技術の発達や新市場の開拓に向けた建材一体型の太陽電池の開発などが求められている。中でも薄膜シリコン太陽電池は、発電層として膜厚数μm以下のシリコン薄膜を用いるため、原料の資源的制約がほとんどなく、プラズマ援用化学気相堆積法による大面積基板への一括製膜が可能で、量産によりコストを削減しやすいという特徴がある。また、結晶シリコン太陽電池では難しい集積型構造を形成できるため、建材一体型太陽電池への展開が容易となっているが、発電効率が結晶シリコン太陽電池の約半分と低いため、その向上が課題となっていた。

現在の薄膜シリコン太陽電池は、広い波長帯に渡って分布する太陽光エネルギーを有効に活用するため、可視域の光で発電するアモルファスシリコン太陽電池と、可視~近赤外域の光で発電する微結晶シリコン太陽電池を積層した多接合型太陽電池が一般的で、発電効率の向上には、それぞれの発電効率を高める必要がある。

産総研は、薄膜シリコン太陽電池の高性能化を目指した研究開発を進めてきた。微結晶シリコン太陽電池については、三菱重工業と共同で高速製膜と高い発電効率を両立する高圧枯渇法を開発した他、最近では光閉じ込め構造の研究を進めてきた。一方、PVTECは次世代太陽電池の迅速な産業化を目指す研究開発拠点として、PVTEC つくば研究所を産総研内に設立し、特に大面積薄膜シリコン太陽電池の高性能化に向けた研究開発を進めてきた。微結晶シリコン太陽電池の発電効率の向上における技術的課題の1つに、光吸収力の増強がある。

今回、発電層内部で十分に光を吸収させるために、光を閉じ込める技術の開発に、産総研とPVTECは共同して取り組んだ。

微結晶シリコン太陽電池では、光吸収係数が小さい結晶質シリコン材料を薄膜にして用いるため、高効率化には発電層内部に光を閉じ込めて十分に光を吸収させる技術が不可欠となる。これまでは、基板上に大きさ0.1~10μm程度の微細な凹凸をもつテクスチャ構造を形成し、この構造の光散乱効果によって、発電層内部の実効的な光路長を伸ばして光吸収力を増強する技術が用いられてきた。しかし、シリコン薄膜を険しい形状のテクスチャ構造上で形成すると内部に欠陥が発生し、発電特性が劣化する。このため、過度なテクスチャ構造を用いると光吸収力が増強できても発電効率は向上しない。

また、薄膜シリコン太陽電池において用いられる光閉じ込めのためのテクスチャ構造には、多くの場合、透明導電膜や金属電極薄膜を製膜する過程において自然に形成される凹凸構造が利用されてきた。しかし、これらは製膜条件によって形状やサイズが制限される上に不規則性を持つために、テクスチャ構造の形状やサイズと太陽電池特性との相関を十分把握できず、高性能化への指針が不明確なままだった。

こうした課題を解決するため、今回の研究開発では、光リソグラフィ工程によって制御性良く種々の光閉じ込め構造を作製し、それを用いた微結晶シリコン太陽電池を作製・評価して、構造パラメーターと太陽電池特性の相関を調べた。今回開発された光閉じ込め構造は、直径数μmの穴が蜂の巣状に並んだハニカムテクスチャ構造を持ち、個々の穴の直径や深さを独立に制御できるため、広範囲での構造の形状やサイズと太陽電池特性の相関を調べることができたほか、規則的な構造であるため、不規則性によるバラつきをなくして、構造の形状やサイズが太陽電池特性に及ぼす影響をより明確化できるという。

図1 (a)開発されたハニカムテクスチャ構造表面形状、(b)ハニカムテクスチャ構造を用いた薄膜微結晶シリコン太陽電池の断面図

研究の結果、最も高い発電効率を与えるハニカムテクスチャ構造の構造パラメーターは、太陽電池の膜厚に依存するため、膜厚に応じた光閉じ込め構造を設計する必要があること、また、適切な形状やサイズを選択すればテクスチャ構造による発電特性の劣化を最小限にできることがわかった。

さらに、この結果を元に、最適なハニカムテクスチャ構造を作製し、透明性の高いドーピング層と産総研が独自に開発した透明導電性酸化物薄膜を用いることによって、薄膜シリコン型の太陽電池としては高い短絡電流密度を得ることに成功。薄膜微結晶シリコン太陽電池の発電効率をとしては従来の最高値である10.1%から0.4ポイント増となる10.5%に更新することに成功したとする。これは、光閉じ込め構造の基本設計の見直しによるさらなる特性向上の可能性を示唆しているほか、太陽電池の発電効率は、開放電圧(VOC)、短絡電流密度(JSC)、曲線因子(F.F.)の積で決まるが、短絡電流が改善されたものの、VOCとF.F.はそれぞれ0.521V、71.6%と従来の報告(VOC=0.539V、F.F.=76.6%)に比べて低い値にとどまっていることから、これらの改善を図ることで、さらなる発電効率の向上が期待されると研究グループではコメントしている。

図2 今回開発された微結晶シリコン太陽電池の発電特性。太陽電池の効率を独立機関で評価した際の公式記録データ。グラフの赤線が電流-電圧特性、緑線が出力-電圧特性を示し、ピークが最大出力になっている。VOCが開放電圧、F.Fが曲線因子、ISCは短絡電流を表し、ISCを素子面積で割ったものが短絡電流密度JSCに相当する。VOC、F.F、JSCの積で、Eff(da)発電効率が決まる。測定は産総研 太陽光発電工学研究センター 評価・システムチームにおいて実施した。同チームは太陽電池性能の高精度な測定技術の研究開発を行っており、米国の国立再生可能エネルギー研究所、ドイツのフラウンホーファー研究機構太陽エネルギーシステム研究所などと並び、各種太陽電池の電流電圧特性等の性能について、国際的整合性を持った中立で高精度な評価を実施している機関だという

なお研究グループでは今後、光閉じ込め構造を多接合型太陽電池に応用し、さらなる発電効率の向上を目指すとしているほか、今回の成果を大面積太陽電池に応用する技術も検討し、低コスト太陽電池の実現を目指すとしている。