科学技術振興機構(JST)と九州大学(九大)は3月19日、「細胞周期」(細胞増殖の一定のサイクルのこと)調節タンパク質で細胞増殖のブレーキ役の「Fbxw7」を抑制することによって、がん幹細胞を直接たたき、生存率を改善させることに成功したと発表した。

成果は、九大 生体防御医学研究所の中山敬一主幹教授らの研究グループによるもの。研究はJST課題達成型基礎研究の一環として行われ、詳細な内容は、米国東部時間3月18日付けで米国科学雑誌「Cancer Cell」オンライン速報版に掲載された。

近年の研究により、がん組織を構成している細胞群にはヒエラルキー(上下関係)ともいうべきものがあり、大多数のがん細胞は最上位の「がん幹細胞」から生じると考えられるようになってきている。このがん幹細胞は、抗がん剤治療や放射線療法などの従来のがん治療に抵抗性を示すことが特徴だ。そのため、がん治療によってがん細胞が死滅し、がんが治癒したと思われる場合でも、その多くのケースで、ごく少数のがん幹細胞が残存しており、結果として、がんの再発や転移が発生してしまうのである(画像1)。

ちなみに再発とは、「原発巣」(最初にがんが発生した場所)において、この残存したがん幹細胞から再びがん細胞が生じることをいう。転移は、がん幹細胞がほかの部位へ移動し、がん細胞が生じることである。

がん幹細胞を取り除くことが難しい要因として挙げられるのが、ほとんど増殖活動をしていないことだ。がんは暴走状態に陥って活発に無制限に増殖している細胞とイメージされるが、一般的ながん細胞に対するものとしてはそれが正しい。

しかし、がん幹細胞はそれとは真逆の状態である。増殖期を脱出して「静止期」と呼ばれる特殊な冬眠状態にとどまっており、細胞増殖をほとんど行わないのだ。そのため、がん幹細胞が発見される以前のがん治療法は、がん幹細胞に対しては効果を発揮できないのである。以前の治療法はがん細胞の増殖を抑制することを目的として開発されてきたため、元から増殖していないがん幹細胞に、増殖しないようにしても意味がないというわけだ(画像2)。

画像1。がん幹細胞によるがん組織の維持

画像2。がん幹細胞の治療抵抗性の原因を表した模式図。通常のがん細胞が黒で、がん幹細胞が緑で表されている

そこで期待されるのが、がん幹細胞を静止期から増殖期に移行させてしまうという考え方である。増殖期に移行させてがん幹細胞の治療抵抗性を破綻させてしまえば、がん根治療法を開発できる可能性があるというわけだ。しかし、問題はがん幹細胞がどのようなメカニズムで静止期を維持しているのかがわかっていないことである。そこで中山主幹教授らは、がん幹細胞を静止期に維持させている因子の候補として、細胞分裂を抑制することにより、細胞増殖のブレーキとして働くと考えられているタンパク質のFbxw7に着目。これまでFbxw7のがん幹細胞における役割がわかっていなかったため、その詳細が調べられたと次第だ。

中山主幹教授らはまず、血液細胞において2つの遺伝子「BCR」と「ABL」が融合した血液がん「慢性骨髄性白血病」のヒト遺伝子を、マウスの血液細胞に導入して慢性骨髄性白血病のモデルマウスを作製。そしてこの白血病マウスで人工的にFbxw7を欠損させ、解析を実施した。

その結果、画像3にあるように静止期に維持されているがん幹細胞(緑色の部分)が減少し、通常がん細胞と同様の静止期の割合になることが確認されたのである。つまり、Fbxw7の欠損により、がん幹細胞の増殖抑制が解除されることが判明したというわけだ。Fbxw7はがん幹細胞でも細胞増殖のブレーキとして働いており、静止期に維持するための必須の分子だったのである。

画像3。がん幹細胞の静止期維持におけるFbxw7の役割

次に、Fbxw7を欠損したがん幹細胞の抗がん剤感受性を調べるために、白血病マウスに対して、慢性骨髄性白血病の標準治療薬(抗がん剤)である「イマチニブ」が投与された。イマチニブはがん細胞を殺す効果はあるが、がん幹細胞には効果がないことが知られており、イマチニブの服薬を中止すると約60%の患者が白血病を再発することがわかっている抗がん剤である。

マウスでも同様で、イマチニブの投与中は白血病が抑えられたが、投与を止めるといずれ再発してほとんどのマウスが死亡することが確認された(画像4の青線)。これはイマチニブががん細胞を殺すことができても、がん幹細胞には効果がないことを示しているのはいうまでもない。

しかしがん幹細胞でFbxw7を欠損させると、このがん幹細胞はイマチニブによって死滅して消失し、イマチニブ投与中止後も再発せず、生存率が著明に改善されたのである(画像4の赤線)。この結果は、Fbxw7を欠損したがん幹細胞が静止期を脱出して増殖期に入るため、イマチニブに対して感受性になり、殺傷された結果だ(画像5)。

画像4。Fbxw7の欠損とイマチニブの併用効果

画像5。Fbxw7を欠損したがん幹細胞は静止期から追い出され、抗がん剤に対して感受性を示すことを突き止められた

以上の結果から、がん幹細胞の静止期の維持に必要なFbxw7を抑制することによって、がん幹細胞を静止期から追い出した後、抗がん剤を投与することにより、がん幹細胞を根絶させ、治療後の再発率を大幅に改善することが可能であることが判明した次第だ。中山主幹教授らは、この新方法を「静止期追い出し療法」と命名。今回の研究により、治療が難しかったがん幹細胞の仕組みの一端が解明され、今後のさらなる研究の進展が注目されるところだ。

なお、イマチニブの開発は慢性骨髄性白血病の病状の見通しを劇的に改善したが、イマチニブ投与により2年以上「寛解(白血病細胞が検出できなくなること)」を維持している患者でも投与を中止すると、その約60%において早期再発が認められることが報告されている。つまり、寛解を維持するためにはイマチニブを継続投与する必要があり、患者にとっては多大な経済的負担となってしまう。

しかし今回の研究では、Fbxw7を欠損させた場合、イマチニブ投与を中止しても再発はほとんど見られなかった。従って、Fbxw7の働きを抑える阻害剤を開発することができれば、がん幹細胞も死滅させることによる白血病の根治が見込まれるというわけだ。

がん幹細胞は白血病をはじめとして、これまでに乳がん、脳腫瘍、大腸がんなどさまざまながんにおいて同定されている。これまでの研究により、これらのがんにおけるがん幹細胞は、生物種や臓器の枠組みを超えた共通の細胞生物学的特性を数多く持つことも解明済みだ。従って、Fbxw7は白血病のみならず、ほかのがん幹細胞においても治療抵抗性の原因となっている可能性があるという。ほかのがんにおいてFbxw7による細胞増殖の静止が確認されれば、Fbxw7阻害剤を開発することにより、慢性骨髄性白血病だけでなく、多くのがんにおいて根治療法の確立が期待されると、中山主幹教授らは述べている。