石川県金沢市が主催するデジタルメディアイベント「eAT KANAZAWA 2013」(イート・カナザワ、以下eAT)が、今年も錚々たるゲストと多数の参加者を迎えて1月25日、26日の2日間にわたり開催された。このレポートでは、同イベントの2日目午後に行われた、6つのテーマについて各分野のプロフェッショナルが語るセミナーの様子をお伝えする。

【レポート】クリエイティブの力を伝えるイベント「eAT KANAZAWA 2013」密着レポート【1】
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Super Lecture 4「B+漫画「ブラックジャックによろしく」の二次利用」

Super Lecture 4に登場したのは漫画家、佐藤秀峰氏だ。「ブラックジャックによろしく」は、漫画雑誌「モーニング」および「ビッグコミックスピリッツ」で連載されていた、大学病院や医療現場の現状を描いた漫画。テレビドラマの原作にもなり、単行本の累計発行部数は1000万部を超えている。

2012年9月、佐藤氏はその著作の二次使用を完全フリー化して公開した。その反響は少なからず出版ビジネス界に波紋を与え、またネットを中心にさまざまな話題や臆測、議論を呼んだのは記憶に新しい。その渦中の人物が登壇するとあって、会場は前のセミナーから休む間もなく、彼の発言に注目せざるを得なかった。しかし、とても物腰の柔らかい口調。朴訥とした喋り。少し照れながら語るその姿に、それまでイメージしていた佐藤像とはまったく異なる印象を覚えた。

なぜこんなこと(漫画の公開、二次使用のフリー化)をしたのか? 佐藤氏はこう語る。紙の出版は衰退の一途をたどっている。代わりに電子書籍が伸びてきている。2年ほど前、佐藤氏は、漫画家が自主的に発表できる場としてオンラインコミック配信サイト「漫画 on Web」を開設。そこで「ブラックジャック~」を無料公開した。目的は集客のため。無料公開にした理由は、同作品は2006年から増刷がかかっておらず、増刷してもらえないのならこのまま(出版社に)眠らせていても意味がないからだという。この無料公開の結果、有料の「続・ブラックジャックによろしく」が売れ始めた。そして、もっと著作を広く使ってもらうために、著作権をフリー化し、二次使用を自由にできるようにした。

漫画に限らず、出版物の著作権はあくまで著者に帰属し、出版元には著者との出版契約に記載された合意内容以外、法的な権利は認められていない。その意味では、出版社と二人三脚で作り上げた作品ならいざしらず、いくら利害関係下にあろうと、佐藤氏が行った行為はこれまでの商習慣をよしとする業界全体へのアンチテーゼであり、なんら否定されることではないと個人的には思う。もちろん、出版元の言い分もあるが、書店流通の市況がこれほど落ち込んでいる中においては、いつか誰かが口火を切るのは時間の問題だったように思える。

著作権をフリーにした後、「ブラックジャック~」の英訳プロジェクトも始めた。Webサイトで翻訳をしてくれる人を募集し、9カ月ほどかけて英訳版を完成した。その一方で、この時期、出版界では自炊大訴訟が話題になっていた。7名の大御所作家が連名で、出版物の自炊代行業者への訴訟を起こしたものだ。これによって2社が廃業し、昨年もまた同様の訴訟があった。この訴訟に関して著作者側は、海賊版が出回ることは許せないと主張している。

佐藤氏は、この自炊大訴訟にも疑問符を投げかける。紙の本の売り上げが伸び悩む理由はもっと他にあると指摘する。著者の自由にできない著作権や違法ダウンロードの厳罰化、自炊代行行為の訴訟などは、どこか向かう方向が間違っているのではないか。そして、著作権を締めつけるではなく解放して、古いものだから使ってくれよ、とする考えを持って前に進めば、いずれ先につながることにあるのではないかと語る。

ちなみに、「ブラックジャック~」の二次利用に関する使われ方は、その著者さえも予期せぬさまざまなものに使われているという。アプリをはじめ、医師転職系サイトのイメージキャラクター、お葬式のサイト、禁煙広告(新潟の新聞広告)、ラブホテル、セリフが関西弁になった漫画雑誌「モーニング」内の広告、双葉社による有料出版などがある。これらの二次利用において佐藤氏は一切の収益を得ていないが、その他の部分で得たものは大きい。

「ネットがない時代には表に出なかっただけで、実際には自分のような行動を起こしたかった作家はほかにもいたと思う」。こう最後に話した佐藤氏のセミナーは、今回のeATのメッセージ「常識を超えろ」を象徴していた。

(取材:Mac Fan/小林正明、岡謙治)