東京海洋大学は1月15日、ニジマスの精巣を液体窒素内で凍結保存する方法を開発し、解凍後の精巣から単離した精原細胞(精子の元になる細胞)を孵化直後のニジマス宿主へと移植することで、この宿主が雄の場合は凍結細胞に由来する機能的な精子を、雌の場合は凍結細胞由来の機能的な卵を生産することを明らかにしたほか、凍結精巣由来の細胞を移植した雌雄を交配することで、凍結細胞を起源とする正常な次世代個体を生産することに成功したと発表した。

同成果は、同大大学院海洋科学技術研究科の吉崎悟朗 教授らによるもので、詳細は2013年1月14日付けの「米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America:PNAS)」電子版に掲載された。

近年、乱獲や環境破壊などの影響から、多くの魚種が絶滅の危機に瀕する状況となっている。一般に絶滅危惧種の遺伝子資源を保存する方法として、卵や精子、胚の凍結保存が挙げられるが、魚類の卵は凍結保存が可能な哺乳類の10~80倍の直径(体積にするとその3乗)とサイズが大きいほか、脂肪分に富むため、卵や胚の凍結保存研究は進んでいないのが実情だ。

研究グループでは、2007年に孵化前後の胚あるいは初期の稚魚が保持している未熟な生殖細胞である始原生殖細胞を凍結し、これを宿主個体へ移植することで、凍結細胞由来の卵や精子を生産可能であることを示していた。しかし、これらの方法では、移植細胞の供給に、孵化前後の胚、あるいは稚魚が必要であるため、受精卵の生産が可能になっていない多くの絶滅危惧種に応用することは現実的な選択肢ではなかった。

今回は、絶滅危惧種の精巣を凍結保存し、ここから調整した細胞を宿主へと移植することで、凍結細胞由来の卵や精子、さらには次世代個体を生産することで、従来の問題を解決しようという目的のもと、精巣細胞をどのように凍結すれば細胞の生残率が高まるのか、また解凍後の細胞を移植しても宿主はドナー由来の卵、精子を生産できるか、といった点を明らかにすることを目的とした研究が行われた。

具体的には、最初にニジマス精巣を丸のままの状態でトレハロースや鶏卵の卵黄を含む保存液中に浸した後、-1℃/分の速度で-80℃まで冷却した後、液体窒素中での凍結を行った。これらの精巣を解凍し、精巣中に含まれる精原細胞(精子の元になる細胞)の生残率を確認したところ、約30%であることが確認されたほか、この生残率は凍結期間を1日から728日まで延長してもまったく低下しないことも確認したという。なお、理論的には液体窒素内で細胞を一旦凍結することができた場合、これらは半永久的に保存可能であるといわれているという。

次に98日間液体窒素内で凍結した精巣をバラバラに解離し、これを孵化直後のニジマス宿主に移植。この際に宿主ニジマスが自身の卵や精子を生産しないように、通常の個体(父由来の染色体セットと母由来の染色体セット、合計2セットの染色体を保持する)に加え、1セット余計に染色体セットを保持する3倍体ニジマスを作出し、これを用いて移植実験が行われた(これらの3倍体は、卵や精子の成熟が進まず、完全に不妊になることが知られている)。

作出された3倍体ニジマス孵化稚魚の腹腔内に解凍後のニジマスの精巣細胞(精原細胞を含む)を移植(孵化直後の稚魚は、免疫系が未熟であるため、異系統由来の生殖細胞を移植しても拒絶が起こらないことがすでに明らかになっている)。移植したニジマスの精原細胞は自発的に宿主の生殖腺に向かい、アメーバー運動により移動し、そこに取り込まれることとなる。また、3倍体ニジマス宿主を継続飼育した結果、凍結精巣由来の精原細胞は雄ニジマス精巣内では正常な精子を、雌ニジマス卵巣内では正常な卵を生産することが明らかとなった。なお、これらの宿主は卵や精子を3年間にわたり生産し続けることも確認された。

最終的に、得られた卵と精子を人工授精した結果、凍結精巣に由来する正常な次世代を大量生産することに成功したという。

ちなみに研究グループは、精原細胞の異種間での移植により、ヤマメにニジマスを生ませることや、クサフグにトラフグを生ませることにも成功しており、今回の精巣凍結技術と異種間移植を組み合わせることで、絶滅危惧種の精巣さえ凍結しておけば、当該種が絶滅した場合でも、絶滅種由来の卵や精子、ひいては次世代個体の生産が可能になることが期待されると説明する。また、今回開発された技術は手法的にも簡便で、冷凍庫と液体窒素以外に特殊な機器を必要としないため、少なくともサケ科魚類に関しては、ただちに実際の絶滅危惧種の保全プロジェクトを開始することが可能だとしており、米国で絶滅の危機に瀕しているベニサケの地域集団を保存するプロジェクトならびに、近年、山梨県西湖で再発見されたクニマスの精巣凍結プロジェクトがすでに進められているという。

なお、研究グループでは、将来、養殖魚の品種が樹立された際は、これらの品種を凍結精巣の状態で永久保存することが可能であり、例えば日本で口蹄疫が発症した際に、種牛の処分が問題になったことがあったが、同様の問題が魚類で発生した場合に、有効な方法となりうるとコメントしている。

今回開発された技術を用いることで、凍結精巣からいつでも機能的な卵や精子、ひいては次世代個体の生産が可能となる