京都大学(京大)は1月11日、原油回収における水/油分離や分析化学における分離媒体として有効な新しい柔軟多孔性材料(マシュマロゲル)を開発したことを発表した。

同成果は、同大 中西和樹 理学研究科准教授、金森主祥 同助教、早瀬元 同大学院生(博士後期課程)、梶弘典 化学研究所教授、福地将志 同特定研究員(当時)らによるもので、詳細は独化学誌「Angewandte Chemie International Edition」に掲載された。

物質内部に多数の細孔を有する「多孔性物質」は、多量のガス・液体を吸着することから広く利用されているが、スポンジなど高分子発泡体以外には柔軟な多孔性物質はほとんど存在せず、水と油の混合物から油のみを吸着し、かつ迅速に取り出すことはこれまで容易ではなかった。

例えば2010年にメキシコ湾で発生した原油流出事故では、海域の沿岸部に大きな被害が生じたほか、日本でも1997年にナホトカ号の重油流出事故が起きたが、その時の沿岸部での対応は、大人数を動員した柄杓での人力による回収作業であった。これは、原油回収用の油/水分離媒体として有機高分子発泡体は高温で使用不可能であるなど、使用条件が限られてしまうため、決定的な素材が存在しなかったためである、

研究チームはこれまでに、有機基としてメチル基をもつメチルトリメトキシシラン(MTMS)とジメチルジメトキシシラン(DMDMS)を前駆体とし、世界的にも珍しい柔軟多孔性材料の合成を発表していた。今回の成果は、メチル基以外にもさまざまな有機置換基を導入したゲルを作製し、超撥水性・親油性や柔軟性に焦点を合わせて物性面を調べたものとなる。

マシュマロゲルの前駆体(モノマー)となるケイ素アルコキシド。R1・R2はメチル基、ビニル基、メルカプトプロピル基など有機基を指す

今回、開発されたマシュマロゲルは、シリコーンゴム・樹脂の主成分として知られるポリジメチルシロキサン(PDMS)に似た高分子構造を有している。研究チームでは最初にPDMSがもつ撥水性に注目して研究を開始。撥水性には、物質表面の分子構造と凹凸が大きな影響をおよぼすことが知られているが、マシュマロゲルの表面はPDMS同様、水を寄せ付けにくい有機基で覆われており、多孔性物質由来の表面の凹凸面はハスの葉のように水を弾く効果を生み出すことが可能である。

2.5リットルスケールのマシュマロゲル(左)と微細構造(右、直方体の大きさは73.1μm×73.1μm×30.8μm)

実際に水の接触角を調べたところ、超撥水性を示すことが確認された一方、有機物(油)に対しては高い親和性を示すことが確認された。そのため、水とヘキサンを混ぜた液体にマシュマロゲルを浸したところ、ヘキサンのみがゲルに吸着され、スポンジのように繰り返し吸着・圧搾することで、水から完全に分離できることが確認されたという。また、ヘキサン以外の有機物に対しても同様の効果が確認され、マシュマロゲルを使うことで迅速に水から油を分離できることが判明した。

マシュマロゲルの超撥水性(左)とOil Red Oで着色したヘキサンを圧搾している様子(右)

さらなる解析の結果、PDMSと同じように幅広い温度域で安定な物質であることも判明した。マシュマロゲルはポリスチレンやポリウレタンなどの有機高分子が分解してしまう300℃超の高温から、ほとんどの有機高分子が柔軟性を保つことができない-130℃付近の低温でも、柔軟性をはじめとした物性の変化がほとんど生じなかったほか、液体窒素中(-196℃)でも可逆的に形状を回復できる柔軟性を保つことも確認された。

マシュマロゲルから液体窒素を絞り出している様子

またマシュマロゲルは、骨格を形成する前駆体の種類を変更することで、機能性をもつ有機鎖を導入することも可能だという。さらに、スポンジなど高分子発泡体よりも、より厳密に広い範囲で、骨格や細孔の大きさを制御することができることから、吸着する油の粘性に適した細孔サイズにする、マシュマロゲル表面の有機基を利用して特定物質を吸着させるなど、目的に応じた材料設計を簡単に行うことができるようになると研究チームでは説明する。

ちなみにこのマシュマロゲルは、一般にゾル-ゲル法と呼ばれる方法で得られ、前駆体などの薬品を一度に混ぜて出発溶液とし、一定の温度(典型的には80℃)に保つだけで、簡単に所望の形に合成(ワンポット合成)することができるほか、原料も工業的に広く使われている薬品であり、合成方法も特殊な装置や条件は必要ないため、例えば原油流出現場でも迅速に作製できる材料になるという。

ろうとの形に合成したマシュマロゲルの作製方法

なお研究チームでは今後、さまざまな有機基をもつマシュマロゲルそれぞれについて、分離媒体としての詳細を解明していく予定としており、それらの研究成果から分析化学技術の発展が促され、水質測定をはじめとした環境化学や製薬など、さまざまな分野の研究が加速することが期待されるとしている。