とはいえ、これでは既存のApple製品ユーザーには特に訴えかけるものではなく、実際に購入を考えるものでもないだろう。これと同時に既存ユーザーらを対象とした現行モデルの真の後継製品の開発も行っているとみられる。ここでは上記廉価版iPhone以外で2013年に登場する製品について考察してみる。

iPhone 6

名前は不明だが、ここでは仮に「iPhone 6」としておく。現行のiPhone 5の後継にあたる製品だ。噂を含め、この次期モデルに関する情報はほとんど出ていないが、筆者がいくつか聞いている範囲では現行のiPhone 5の筐体デザインを踏襲する可能性が高いという。傷問題なども多数指摘されるが、Appleは薄さと軽量性を非常に重視しており、歩留まりの問題にも関わらずインセル方式ディスプレイ採用を決定したり、軽量で頑丈なアルミニウムを筐体素材に採用している。そのため、バッテリ容量を含めこの周辺部分を大きくいじる可能性は低いだろう。

そうなると、手を加えるのは残りの部分ということになる。前述のMisek氏の予測ではRetina+というさらなる高精細ディスプレイの採用が示唆されていたが、インセル方式採用における諸所の問題を見る限り、歩留まりをさらに悪化させるトラブルは避けるとみるのが妥当で、当面は変更されない可能性が高い。ベースバンドチップの変更なども考えられるが、このあたりはマイナーチェンジに留まるだろう。NFC採用の可能性は、筆者の知る限りでは非常に低い。NFC周辺でビジネスを展開する関係者らは期待を込めて「次のiPhoneモデルではNFCが採用される」と口にするが、現行筐体ではアンテナ実装スペースがほとんどなく、NFCチップ搭載でBOMが5~10ドル程度増加することを考えれば、優先順位はそれほど高くないと考えられる。むしろ可能性としては高いのは「A6プロセッサの改良」で、ARM Cortex-A15世代をにらんだカスタムCPU搭載のほか、さらなるグラフィック強化など、ライバルとなるQualcommの新SnapdragonやNVIDIA Tegra 4世代に対応するに見合ったスペックのものを用意してくるだろう。

新世代プロセッサは引き続きSamsung Electronicsのオースティン工場で生産される可能性が高いとみられるが、ニューヨークに建設されるTSMCの新工場でiPhone/iPad向けの新プロセッサが製造開始されるという噂もあり、このあたりにも注目しておくと面白いかもしれない。

iPad mini Gen 2

登場時期は不明だが、早くもiPad mini次世代版についての話題が出ている。1つはRetinaディスプレイの搭載で、台湾Digitimesの報道をApple Insiderが紹介している。将来的にiPad miniがRetinaを搭載すること自体は疑問の余地がないが、問題はそのタイミングだ。iPad miniで重要なことの1つは「コスト」と「携帯性」であり、仮にRetinaディスプレイ搭載が製造コストを大きく押し上げるようであれば意味がない。ゆえにRetinaディスプレイのコストが、現状のXGA版に近付かない限りは次世代モデルで搭載される可能性は低い。Retina搭載にはもう2つほど問題があり、開口率の関係からバックライトの光量が要求されること、さらに画面解像度が4倍になったことで高いGPU処理能力が求められるようになる。初めてRetinaを搭載した第3世代iPadでは、バックライトの光量アップのためにLED光源を2つ搭載し、さらに処理能力向上のためにGPUを倍に強化した巨大な"ダイ"を搭載する「A5X」プロセッサを採用した。結果として実装スペースやバッテリ容量の必要性から、従来モデルよりも重く本体の厚みが増してしまった。iPad miniにおけるこれらトピックは「コスト」と「携帯性」の両面でマイナスに作用するため、「Retina搭載の可能性」を示唆されてもすぐには納得できない面がある。一方でこのDigitimesのレポートでは、9.7インチ版iPadでの1点光源への変更やさらなるスリム化を実現した次世代版登場の可能性も示唆されており、もし課題を技術革新で解決できるのであれば、iPad miniのRetina化もやぶさかではないと考える。

この第2世代iPad miniについては別の噂もあり、例えばCNETがRBC Capital Marketsのレポートを引用して伝えた話によれば、iPad miniの第2世代ではSamsungの次期フラッグシップスマートフォンGalaxy S4とともに「折り曲げ可能なディスプレイ」(Bendable Display)を採用する可能性があるという。Appleはすでに第2世代iPad miniの準備を進めており、この中で新技術を採用するというのだ。完成形が想像しにくいが、いわゆる曲面ディスプレイ的なものとみられる。ただしiPad miniでいまのところ重要なのはコスト部分であり、この問題をクリアするのが大前提だろう。

Apple TV

Appleがセットトップボックス(STB)型ではなく、いわゆるTVシステムそのものの開発に取り組んでいるという噂は以前からある。最近では鴻海精密工業(Hon Hai Precision Industry)やシャープとともに大画面TVプロトタイプの開発を行っているという話が出ており、一定の信憑性を与えている。このほか、Appleが1年以内に1000ドルオーバーの価格で1300万台以上のTV販売を行い、これがAppleの利益を倍増させるという予測を立てるアナリストもいるが、実際の製品を出す可能性も含め、さすがに過大評価すぎるだろう。米国の大画面TV市場はハイエンド機が少々と、それ以外の40インチサイズ以下の安価な製品がほとんどのシェアを占めるという両極端な構成になっているが、Appleがどちらの市場を目指すのかだけでも大きな違いであり、一概に値段と価格で比較はできない。場合によっては非常に中途半端な製品となり、そのまま失敗作として消えてしまう可能性もある。iOSデバイスの延長線上にある新しい提案か、Appleの作るTVというのには非常に興味を惹かれるが、ことビジネス面を考えればアイデア勝負だけで戦えない厳しい世界になると考えられる。

先進的なイメージの先行するAppleだが、その製品戦略については意外とコンサバティブだ。インターフェイスやソフトウェア面では比較的新しい技術を積極的に取り入れるが、ハードウェアそのものはこなれたものを採用するケースが多く、特にコスト面での費用対効果を重視する。また市場シェア拡大につれて1社依存のリスクを避ける傾向が強くなり、サプライチェーン拡大が最近の基本戦略となっている。とかく次世代製品の噂では多く新機能が羅列される傾向にあるが、こうしたAppleの傾向を知っていれば、それらが眉唾であることも容易に想像がつく。

また顕在化しつつあるのは、Appleが「ハイエンド製品1本ですべてのユーザーに訴求して高い利益率を維持する」というビジネスモデルの限界だ。特に先進国での需要が飽和しつつあり、ニーズの多様化や新興国での競争激化を見る限り、幅広いラインナップで対処することが必要だと実感しつつある。Samsungが世界市場で強い理由の1つはハイエンド製品の優秀さだけでなく、ハイエンドからローエンドまで幅広い製品ラインナップを用意し、これらニーズを吸収できている点にある。今後Appleがシェアの拡大を続けたいと考えるならば、ラインナップの拡充は避けて通れない。またiPadですでに兆候がみられるように、ラインナップ拡大とともにリリースサイクル短縮も、ライバル対抗において意味を持つ可能性がある。一方でこれはラインナップ乱発と利益率悪化の危険性と隣り合わせであり、今後Appleがどのようにバランスをとっていくかの腕の見せ所だろう。