東京大学(東大)は、腎臓に多く発現するタンパク質「ASK3」が、浸透圧変化に対して感度よく精密に応答し、浸透圧変化の際に必要な情報伝達を担っていることを明らかにしたと発表。また併せて、ASK3を失ったマウスでは、普通のマウスでは血圧に変化が見られない程度の高食塩食で高血圧になることを明らかにし、ASK3が腎臓を介した血圧の制御に重要な働きをすることを提唱した。

成果は、東大大学院 薬学系研究科の一條秀憲教授、同・名黒功助教らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、英国時間12月18日付けで英国オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。

生体にとって、浸透圧(水とイオンのバランス)がある適切な範囲であることが生存に必要な条件であり、それより低い場合(低浸透圧)も高い場合(高浸透圧)もストレスとなる。

生物は体内の浸透圧がどちらかにずれた場合にも、それを元の正常な範囲に戻す性質(恒常性)を保つシステムを有しているが、細胞レベルでどのようなシステムが"ずれ"の情報を認識し対応しているか未解明の部分が残っていた。

また、利尿薬など腎臓に作用して体内水分量を調節する薬が高血圧症の第1選択薬の1つとして使用されていることからもわかるように、体内の水とイオンのバランスを適切に保つことは、いくつかの病態の治療においても重要なポイントになっている。

研究グループは今回、ASK3が浸透圧変化に対してユニークな応答を示すことを突き止め、生体がASK3を利用してどのような分子機構で浸透圧変化に対応しているかについての解析を行った。具体的には、ASK3が個体の浸透圧制御を担う臓器である腎臓に非常に多く発現することに注目。低浸透圧または高浸透圧ストレスにさらされた細胞内のASK3の挙動を解析したのである。

その結果、ASK3は低浸透圧で活性化、高浸透圧で不活性化するという、これまでに報告された分子には見られないユニークな反応を示すことが明らかになった。逆方向のストレスに対し、逆方向の応答を示すことに加え、微弱な浸透圧変化に敏感に応答する性質、応答が非常に素早く可逆的である性質から、ASK3が細胞の浸透圧恒常性維持のシステムで重要な働きをしていることが示唆されたのである。

そこで、腎臓においてASK3と相互作用するタンパク質を探索したところ、「WNK1」という細胞のイオン輸送を司ることが知られていたタンパク質が、ASK3に結合することが明らかになった。そこで、ASK3とWNK1の関係について詳細に解析したところ、ASK3が活性依存的にWNK1の働きを抑制することが明らかになったのである。

WNK1はヒトの遺伝性高血圧症の原因遺伝子の1つでもあり、「WNK1-SPAK/OSR1経路」というシグナル伝達経路により腎臓でのイオン輸送の調節を介して血圧制御にも関与することが報告されていた。

そこで、ASK3を遺伝的に欠損したASK3ノックアウトマウスの腎臓を解析したところ、WNK1の過剰な働きによると考えられるSPAK/OSR1のリン酸化の上昇が観察されたのである。

この結果は、ASK3というWNK1の抑制因子が失われたことで、WNK1-SPAK/OSR1経路が過剰に活性化したことを示唆しているという。WNK1-SPAK/OSR1経路の過剰活性化は、WNK1変異によるヒトの遺伝性高血圧症の状況と類似したものであったため、ASK3ノックアウトマウスの血圧の測定を行ったところ、年を取るのに従って野生型よりも血圧が高くなる傾向を示した。

さらに、エサに含まれるNaClを増やし、高食塩食にすると野生型では血圧に大きな変化がない程度のNaCl濃度でもASK3ノックアウトマウスでは有意に血圧が上昇することが明らかになったのである。

これらの結果は、高食塩食などで体内のイオンバランスが崩れた場合でも、腎臓でASK3がWNK1-SPAK/OSR1経路を抑制することで適切な応答を導き、血圧が上がらないようにコントロールしていることを示唆しており、浸透圧にユニークな応答を示すASK3が、腎臓を介した血圧の制御に重要な働きをするという新しい知見になると研究グループでは説明している。

そのため、研究グループでは、この成果により、生体が浸透圧変化に対応するための新しいシステムが見つかる共に、血圧コントロールの新たな制御機構も明らかになったことから、高血圧疾患に対する新しい治療薬開発につながることが期待されるとしている。

また、うっ血や浮腫など、やはり体内水分量やイオンバランスが崩れた場合にもASK3が働く可能性が考えられ、これらの疾患に対する治療法や治療薬の開発も期待されるとしている。

画像1。浸透圧変化に応答するASK3が腎臓で血圧のコントロールに働く機構