岩手大学とサントリー生命科学財団は12月12日、盛岡大学の協力を得て、細胞膜に膜タンパク質を挿入する過程において、酵素と類似した機能を持つ糖脂質「MPIase(Membrane Protein Integrase)」を発見し、今回その化学構造を明らかにしたと発表した。

成果は、岩手大農学部附属 寒冷バイオフロンティア研究センターの西山賢一教授、同・柳澤佳代氏、サントリー生命科学財団 生物有機科学研究所の前田将秀氏、同・永瀬良平氏、同・小村啓氏、同・岩下孝氏、同・山垣亮氏、同・楠本正一氏、同・島本啓子氏、盛岡大 栄養科学部 栄養科学科の徳田元氏らの共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、英国時間12月11日付けで英国のオンライン学術誌「Nature Communications」に掲載された。

生命の基本単位であるすべての細胞は細胞膜に包まれており、細胞膜には「膜タンパク質」が多く埋め込まれている。この膜タンパク質の役割は、細胞の内外で物質や情報のやりとりをするという重要なものだ。また多くの薬剤の作用対象にもなっており、創薬研究においても重要視されているが、構造や機能については十分に解明されていなかった。

岩手大学農学部附属寒冷バイオフロンティア研究センターでは、大腸菌の細胞膜に膜タンパク質を挿入する過程の研究において、「Secトランスロコン」などの酵素の有無に関わらず、細胞膜から抽出した成分が膜挿入に関与していることを発見し、この成分をMPIaseと名づけた。今回は、このMPIaseの構造を解明するため、共同研究が行われた形である。

大腸菌の培養液100Lから分離・精製を繰り返すことにより、20mg程度の純粋なMPIaseを取り出すことに成功。さらに、最新の質量分析(MS)や核磁気共鳴(NMR)による構造解析を進め、その化学構造が判明した。

その結果、MPIaseはタンパク質の構造を持っておらず、3種のアミノ糖からなるユニットが10回程度繰り返す糖鎖部と「ジアシルグリセロール」が「ピロリン酸」を介して結合した、これまでに知られていなかった新しい糖脂質であることが明らかになったのである(画像)。

またMPIaseを分解し、どの部分が膜挿入活性に深く関わっているかも調べられ、ジアシルグリセロールとピロリン酸を取り除いて糖鎖だけにした構造に、天然型よりも強い膜タンパク質挿入活性が認められた。

このことから、MPIaseの糖鎖部がタンパク質を包み込むことで、凝集してしまうことを防ぎ、膜に入りやすくしていると考えられる。さらに、MPIaseの抗体を使ってMPIaseの働きを抑制した研究も実施し、人工的に作った細胞膜上だけでなく、実際の大腸菌の膜でもMPIaseが機能していることを証明した形だ。

これまで酵素はタンパク質であると定義されていたが、MPIaseは非タンパク質性の分子が酵素と類似の働きをする例を示している。酵素という観点から見直せば、糖鎖や糖脂質の生体内での新たな役割を発見できる可能性があるほか、膜タンパク質の研究にも新たな切り口を与えることができると考えられるという。

なお研究グループでは今回の研究結果を受けて、非タンパク質性であるにも関わらず酵素と類似した機能を持つ糖脂質として、「glycolipozyme(糖脂質酵素)」という新しい概念を提唱した。

MPIaseの構造