北海道大学(北大)は12月6日、「蛍光カルシウムセンサ」と高感度イメージング法により、細胞内カルシウム濃度の変化を指標に神経細胞の活動を計測することで、「視交叉上核」の神経細胞ネットワークの高精度の可視化に世界で初めて成功し、細胞内カルシウム濃度変化の概日リズムを網羅的に解析した結果、視交叉上核の生物時計では(画像1)、異なる性質を持つ神経細胞集団のネットワークが互いに連絡することで、正確で強靭なリズムを刻むことを明らかにしたと発表した。

成果は、北大大学院 医学研究科・光バイオイメージング部門の榎木亮介助教、北大大学院 医学研究科の小野大輔博士研究員、同・本間さと特任教授、同・本間研一客員教授、北大 電子科学研究所の上田哲男教授、独マックスプランク研究所のMazahir T Hasan氏、公立はこだて未来大学 システム情報科学部の黒田茂博士研究員らの国際共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、12月4日付けで米国科学雑誌「米科学アカデミー紀要(PNAS)」オンライン速報版に掲載された。

画像1。ほ乳類の生物時計中枢は視交叉上核に存在する

ほ乳類の概日リズムの中枢は、脳深部の視床下部の視交叉上核に存在する。リスやネズミなどのげっ歯類の視交叉上核は、右脳と左脳の両脳で約2万個の神経細胞からなる小型の神経集団であり、網膜からの外界の光情報を受け取り、光環境情報を統合して全身の細胞に情報を発振し、最終的に睡眠や覚醒といった約24時間の動物行動のリズムを制御する。

近年の研究により、視交叉上核の1つひとつの神経細胞は、「時計遺伝子」の発現パターンや放出する神経伝達物質など、さまざまなレベルで多種多様な特性を持つことがわかってきた。

また神経細胞同士は、シナプス結合や「液性因子」などにより相互にコミュニケーションすることや、ネットワーク内で部位特異的な機能があるなど、視交叉上核は単純な細胞の集合体ではなく、細胞間や領域間で情報連絡を行う神経ネットワークであることがわかってきたのである。

しかし、従来の電気生理学的手法や発光タンパク質を用いた可視化解析では得られる情報が不十分で、神経細胞同士のコミュニケーションの方法や、神経細胞ネットワークとしての働きを詳細かつ正確にとらえることはできていなかった。

今回の研究では、超高感度カメラと「共焦点顕微鏡」などからなる長期イメージング観察用のシステムを独自に構築することで、超微弱光照射でのイメージング観察を可能とし、数日に渡る神経ネットワークの活動の計測を可能とした(画像2)。

画像2。新規の光イメージング法を確立

さらに「アデノ随伴ウイルス」を用い、蛍光カルシウムセンサを視交叉上核の神経ネットワークに発現させる実験手法を確立。これにより、視交叉上核に存在するすべての細胞から、「概日カルシウムリズム」を測定することに成功したというわけだ(画像3)。

さらに、得られた計測データから、概日リズムを特徴づけるリズムパラメーターを自動的に計測し、空間的に疑似カラー表示する独自のプログラムを作成し、概日カルシウムリズムの時空間パターンを解析することにも成功した(画像4)。

画像3。カルシウム濃度の概日リズムの計測に成功

画像4。概日リズムの時空間パターンを解析

概日カルシウムリズムの視交叉上核内の領域間や細胞間の概日リズムの性質の違いを比較することで、視交叉上核には少なくとも2つの異なる振動体(リズムを刻む細胞集団)が存在し、これらの領域は普段は細胞間連絡をしていることが判明。

さらに研究では、神経活動を阻害する薬剤を投与することで、これらの2振動体は独自にリズムを刻み始めることも見出された。これらの結果は、視交叉上核の神経ネットワークは、神経細胞の細胞間や領域間の相互連絡により、全体として正確で強靭な概日リズムを刻むことを示している。

今回の研究で開発された新たな観察手法により、今後はより詳細な神経細胞ネットワークの作動メカニズムの解明に繋がると期待されるという。特に、概日リズムの破綻はさまざまな体と心の変調を引き起こし、さまざまな非生物学的な環境に24時間晒される現代社会において、そのメカニズムの解明は最優先で取り組む課題であり、概日リズムを神経ネットワークレベルで理解することは、医学研究や臨床治療への応用まで含めた研究が可能になると期待されるとしている。