高エネルギー加速器研究機構(KEK)と日本原子力研究開発機構(JAEA)が共同運営する大強度陽子加速器施設「J-PARC(Japan Proton Accelerator Research Complex)センター」は11月26日、同月7日にJ-PARC 物質・生命科学実験施設(J-PARC/MLF)の「ミュオン」(ミューオンまたはミュー粒子とも)施設「MUSE(ミューズ)」にて、世界最高となる1パルス当たりのミュオン強度250万個(ミュオン生成に用いられた陽子ビーム強度212kW)を達成したと発表した。

J-PARC/MLFは、光速近くまで加速した陽子をターゲットに照射して得られる中性子とミュオンを利用して研究を行う実験施設。今回の強度は2010年に同施設で達成していた1パルス当たり7万2000個(同120kW)、18万個(同300kW)を超えるもので、世界最高クラスの強度となるという。

ミュオンは素粒子の1つで、素粒子の標準モデルにおいては第2世代の「レプトン」(電子やニュートリノもその仲間)の1種。ミュオンは荷電レプトンなので正または負の電荷の2種類があり、自然には宇宙線として地球に降り注いでいる素粒子だ。

今回の成果は、KEK 物質構造科学研究所の三宅康博教授らのMUSEグループが開発した「常伝導無機絶縁捕獲ソレノイド電磁石」、「超伝導輸送湾曲ソレノイド電磁石」(画像1)、および「超伝導軸収束電磁石系(超伝導収束ソレノイド電磁石)」(画像2)という軸収束(ソレノイドの作りだす磁場によって荷電粒子を巻きつけるようにして水平方向・垂直方向を同時に収束させること)系の電磁石だけで構成することにより、ミュオン生成ターゲットで発生したミュオンの高効率での捕獲、輸送を実現したものだ。

画像1。超伝導湾曲ソレノイド電磁石

画像2。超伝導収束ソレノイド電磁石

具体的には、加速器からの高速の陽子を炭素(グラファイト)標的に当てて人工的にミュオンを生成し、電磁石によって実験装置まで輸送している。ミュオンは大量にまとまった集団としてパルス状に作られるため、パルス当たりのミュオン強度が施設の性能を表す重要な指標となるというわけだ。

MLFでは、2008年9月に初めてミュオンを発生させ、同年12月に20kWの陽子ビーム強度で運転を開始した。以降、陽子ビーム強度の向上に従ってミュオン強度も向上してきたが、2011年の東日本大震災により一時運転を中断。現在は復旧し、ミュオンビームラインとしてDラインの1本が212kWで運用中である。今回、最高強度を達成したビームラインは、今年度中の完成を目指し建設中のUラインだ(画像3・4)。

画像3。世界最高強度を達成したUライン模式図

画像4。Uライン鳥俯瞰

ミュオンを利用した研究は、磁性・超伝導などの物性物理学、電子材料の特性解析、さらには考古学的史料の非破壊分析など多岐にわたって行われている。ミュオン強度の向上は、実験時間の効率化、分解能の向上などに関わる重要な要素だ。今回達成した強度では、従来の測定時間を10分の1に短縮でき、これまでとらえることができなかった微弱な情報を得られることが期待されるという。

この強度の達成のため、MUSEグループがJ-PARC低温セクションと共同開発したミュオンの輸送システムは、ミュオン生成ターゲットから実験エリアまでのビーム輸送のすべてがソレノイド(常伝導無機絶縁捕獲ソレノイド電磁石/超伝導輸送湾曲ソレノイド電磁石、および超伝導軸収束電磁石系)で構成されている。ソレノイドが作りだす磁場にミュオンを巻きつけることで、効率よく大量のミュオンを取り込み、輸送することに成功したというわけだ。

画像5。1パルスあたりのミュオン数比較

なお研究グループでは今後、高強度のミュオンを超低速化することで、新しい3次元イメージングを可能とする「超低速ミュオン顕微鏡」の実現や、標準模型を超える新しい物理法則の存在を示唆する「ミュオニウム」の「超微細分裂」、ミュオンの「異常磁気モーメント(g-2)」の精密測定などの基礎物理研究の進展につなげていきたいとしている。