筑波大学は11月20日、情報通信研究機構(NICT)、東京大学の協力を得て、精子が卵に寄る際の方向転換を司るタンパク質が「カラクシン」であることを発見したと発表した。

成果は、筑波大 下田臨界実験センター教授の稲葉一男氏、同大 水野克俊氏、柴小菊氏、NICT 未来ICT研究所の大岩和弘博士、志鷹裕司氏、東大 農学生命科学研究科の田之倉優教授、同大 岡井公彦氏、高橋裕輔氏らによるもの。研究の詳細な内容は、現地時間11月20日付けで米国科学雑誌「米科学アカデミー紀要(PNAS)」オンライン速報版に掲載された。

精子が卵に引き寄せられる現象「精子走化性」は、ほとんどの動物と植物において見られ、受精を成功させる上で重要だ。放出された精子はランダムに動くわけではなく、卵から出ている精子を誘引する物質の濃度勾配を感知して、卵に近づいていくものと考えられている。

海産動物など体外受精を行う生物は、精子は比較的まっすぐに進む「直進運動」と、卵の方向に運動方向を変える「ターン運動」が交互に起こり、卵への走行性が可能となる(画像1)。

ターン運動の際に、精子の鞭毛(尾)の波形を見ると、非対称となっていることが特徴だ。対象波を描いている場合には精子は直進運動をし、非対称を描いている場合にはターン運動をするのである(画像2)。したがって、精子走化性においては、精子が卵に寄る際の非対称が重要というわけだ。

画像1。精子の走化性。卵から誘引物質が放出され、精子が直進運動とターン運動を繰り返しながら卵に近づいていく

画像2。精子の鞭毛はケイト運動方向の関係。鞭毛により上下対称の波(対象波)が伝わる場合には直進し、非対称波の場合はターン運動をする

これまでの研究により、精子の鞭毛運動の波形が非対称化する際には精子内のカルシウムイオンが一時的に上昇し、運動方向が変わることがわかっていた。しかし、非対称波が生じてターン運動を可能にしている分子メカニズムは不明だったのである。

精子の鞭毛の中には、「微小管」と呼ばれる繊維構造と、分子(タンパク質)モーター「ダイニン」が存在する。ダイニンが力を発生させて微小管を動かすことが、鞭毛運動の原動力だ。

研究グループの稲葉教授らは、ダイニンに結合する新規のカルシウム結合タンパク質を3年前に海産動物のホヤ(脊索動物)から発見し、「カラクシン」と命名。そして今回の研究により、カラクシンが精子の走化性を司っていることがわかった形だ。

研究グループは、まずカラクシンの作用を妨害する物質を加えて、精子の運動を調査したところ、直進運動とターン運動のパターンが見られなくなり、その場で回転運動をするのみで、卵に近づけなくなることが観察された。詳しく解析したところ、その原因は、非対称波が伝播しないためにターン運動ができなくなるためであることが明らかとなったのである。

さらに、鞭毛中のダイニンと微小管を取り出し、微小管の動きを調べたところ、高濃度のカルシウムとカラクシンが存在すると、ダイニンによる微小管の運動が抑えられていることがわかった。

これらの観察により、精子鞭毛の非対称波の伝播、ひいては精子の走化性にとっては、カラクシンがカルシウムと結合することでダイニンによる微小管の運動が抑えられていることが必須であることが明らかとなったのである(画像3)。

画像3。今回明らかになった精子ターン運動のメカニズム。左は実際のホヤ精子の波形変化の様子

カラクシンはヒトを含め、多くの動物に存在する。今回の研究は、ヒト精子の走化性メカニズムの解明につながると共に、不妊治療や避妊剤の開発に応用できる可能性があるという。

また、ヒトの体内には至る所に繊毛が生えており、重要な役割を果たしている。そうした鞭毛に異常が生じると、水頭症や気管支炎、腎炎など、深刻な疾患を引き起こしてしまう。これらは、「繊毛病」と呼ばれている。

カラクシンは全身の多数の繊毛にも存在しており、そこでもカルシウムに依存した運動の調節を行っていると考えられるという。また今回の研究成果は、繊毛病の原因解明にも一石を投じることが期待されているとしている。