東京大学(東大)は、「カドミウムをほとんど含まないコシヒカリ」の原因となる変異遺伝子を発見し、これがカドミウムやマンガンのトランスポーターであるOsNRAMP5の遺伝子の変異であることを突きとめたと発表した。

同成果は同大大学院農学生命科学研究科の中西啓仁 特任准教授、同 西澤直子 特任教授(兼 石川県立大学生物資源工学研究所 教授)、農業環境技術研究所の石川覚 主任研究員らの研究グループによるもので、詳細は「米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America:PNAS)」オンライン版に掲載された。

カドミウムは人体に有害な物質で、イタイイタイ病の原因として知られている。農地が汚染されると、土壌中のカドミウムは作物によって吸収され可食部に蓄積され、それを摂取することによってカドミウムが人体に取り込まれることとなり、日本人の場合は、食品からのカドミウム全摂取量の40~50%がコメに由来するという。カドミウムを含む食品の長期間摂取による人への健康被害リスクを低減するため、コーデックス委員会(FAO/WHO合同食品規格委員会)は、食品中のカドミウム濃度の国際基準値を決定しており、日本でもそれを受ける形で2011年2月に食品衛生法が改正され、コメの規制値はそれまでの「1.0mg/kg未満」から「0.4mg/kg以下」へと引き下げられた。

イネのカドミウム吸収を抑えるために、従来は客土による汚染土壌の入れ替えや湛水管理が実施されてきたが、出穂期前後の湛水管理は、収穫時にコンバインなどの農業機械を導入しにくいことや、米に含まれるヒ素濃度を増加させるなどの問題があるため、食品中のカドミウム含量を低減させるためには、カドミウム集積量がこれまでよりも少ないイネの開発が求められていた。

研究グループは、日本原子力研究開発機構との共同研究により、以前、玄米のカドミウム濃度が低いコシヒカリ変異体(系統名:lcd-kmt1)を開発していた。同変異体は、土壌中のカドミウム濃度が高い農地(土壌中のカドミウム濃度:0.35~1.4mg/kg)で栽培した場合でも、コシヒカリの玄米と稲わらのカドミウム濃度は新たな規制値(0.4mg/kg)を大幅に超過するものの、最大でも0.03mg/kgと極めて低い値を示したほか、生育や草姿(草丈や稈長など)はコシヒカリとまったく違いがなく、玄米の外観品質や玄米収量もコシヒカリと同等で、米粒食味計による食味値(点)もコシヒカリと同じ「良(80点以上)」と判定されていた。

今回、研究グループは、lcd-kmt1のの遺伝子について検索した結果、イネのカドミウム集積を決めるキー遺伝子として「OsNRAMP5遺伝子」に変異があることを見いだした。

植物は土壌中から根を通じて鉄、亜鉛、マンガンなど、自らの生育に欠かせない栄養素をトランスポーターによって吸収し、必要とされる部位に送り込んでいる。カドミウムは植物の生育には不要なものだが、鉄やマンガン、亜鉛などの性質がよく似た重金属系栄養素のトランスポーターによって植物に吸収されてしまう。OsNRAMP5は、鉄とマンガンのトランスポーターだが、カドミウムも吸収することがこれまでの研究で報告されているが、lcd-kmt1では、コシヒカリ種子へのイオンビーム照射によって、OsNRAMP5遺伝子に変異が生じ(osnramp5-1と命名された)、トランスポーターとしての機能が失われていることが確認された。

この結果、根における土壌からのカドミウムの吸収がなくなり、コメや稲わらのカドミウム濃度が低くなることが判明。ただし、マンガン濃度も同時に低下することも確認されたが、鉄は他のトランスポーターによって吸収されるため、コメ中の鉄濃度は維持されることも判明した。

さらに、同変異遺伝子の配列をもとに遺伝子マーカーを開発、変異配列をもつ個体を簡易に識別することを可能とした。この遺伝子マーカーを利用することで、遺伝子組換技術を使うことなく、これまでの交配育種の技術によって様々なイネ品種にカドミウムを吸収しない形質を短期間で導入できるようになるという。

また、同変異遺伝子をもつイネでは、出穂期前後の長期にわたる湛水管理が不要となるだけではなく、落水管理を実施することでコメ中のヒ素濃度の低減や温室効果ガスであるメタンの水田からの発生削減なども同時に達成できる可能性があるという。

加えて、同変異遺伝子を持つイネは、コメ中カドミウム濃度だけではなく稲わらのカドミウム濃度も低いため、飼料用の低カドミウムイネ品種の開発も期待できるほか、日本以外で栽培されている品種にも導入することで、コメを主食としている世界の国々でのカドミウム摂取量低減に寄与できたり、OsNRAMP5と似た構造・機能を持つ遺伝子をコメ以外の他の作物でも見いだすことができれば、それを足がかりにその作物を低カドミウム化する可能性も出てくるという。

なお研究グループでは、放射性セシウムもカドミウムと同様に植物の生育には必要のないものだが、必須栄養素のトランスポーターによって吸収されると考えられることから、今回の研究手法と成果を応用することで、東日本大震災に伴う東京電力福島第一原子力発電所事故による放射性降下物の土壌汚染と食品汚染の問題解決に向けても重要な示唆を与えるものになるとの期待を示している。

低カドミウムコシヒカリ(lcd-kmt)のカドミウム吸収抑制機構。低カドミウムコシヒカリはOsNRAMP5の機能が欠損しているため、根のカドミウム吸収が抑制され、玄米や稲わらへのカドミウム蓄積が少なくなる