名古屋大学(名大)は10月29日、老化マウス由来iPS細胞から誘導した「神経堤様細胞(Neural Crest-Like細胞:NCL細胞)」移植が「糖尿病性多発神経障害(DPN)」に有効であることを突き止めたと発表した。

成果は、名大大学院 医学系研究科 分子細胞免疫学の磯部健一教授、同・糖尿病・内分泌内科学の中村二郎准教授(現・愛知医科大学 医学部内科学講座 糖尿病内科教授)、同・大磯ユタカ教授らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、10月8日付けで米国科学誌「Cell Transplantation」電子版に掲載された。

DPNの成因として重要な役割を果たしているのが、高血糖に起因した代謝障害および血流障害だ。DPNが進行して病理学的にも血管や神経の変性が完成した状態になってしまうと、従来の治療法では不十分な状況である。そのため、再生医療が期待されているところだ。

再生医療の分野において、近年、iPS細胞が注目されているのは、2012年に京都大学の山中伸弥教授がノーベル医学・生理学賞を受賞したことからもわかることだろう。

このiPS細胞から誘導した「神経堤細胞(neural crest cell)」がマウスの脊髄損傷モデルにおける運動機能の改善に有用であることが報告された。そこで研究チームは今回、新たなDPNの治療法として、NCL細胞に注目。NCL細胞を21か月齢の老化マウスから作製したiPS細胞より誘導し、これらの細胞を糖尿病マウスの下肢に移植することにより治療効果を検討した(画像)。

画像は、老化マウス由来iPS細胞からNCL細胞の誘導。A:GFP陽性iPS細胞。B:位相差顕微鏡写真によるPA6細胞上で培養したiPS細胞。神経様突起が時間と共に伸びるのが見られる。C:培養12日目における神経堤細胞のマーカーである、「ニュウロトロフィン受容体(p75NTR)」の発現。D:細胞解析装置(FACS)によるp75NTR発現の定量的解析。横軸は100μmを示している。

E-H:PA6上で神経堤細胞(p75NTR)からさらなる培養による分化によって、神経分化マーカーであるβIIItubulin(E:赤)、peripherin(F:赤)と神経様突起の延長(E、F)、アストロサイトマーカーであるS-100β(G:赤)、血管平滑筋マーカーである「α-smooth muscle actin(α-SMA)」の発現が見られた。横軸は100μmを示す。

老化マウス由来iPS細胞からNCL細胞の誘導

iPS細胞から分化誘導し治療に用いた細胞は、各種神経堤細胞マーカーを発現し、神経堤細胞の系譜への分化を認めたことから、この細胞はNCL細胞と考えられた形だ。このNCL細胞は豊富なサイトカイン分泌能を有していることが、PCR法で確認されている。

また「脊髄後根神経節神経細胞」の初代培養で、NCL細胞を維持培養した培地上清を添加することで神経突起が著明に伸長した結果も、NCL細胞の有するサイトカイン分泌能を示唆するものであった。結果、NCL細胞移植により、進行したDPNの治療改善効果が認められたというわけだ。

これは、移植細胞が産生するサイトカインのパラクリン効果が大きいと考えられた。すなわち、移植細胞が産生・供給するサイトカインが、血管新生ばかりでなく、神経に対する庇護作用を発揮していると想定され、変性した神経軸索を再生する可能性が示唆されたのである。

また、移植した細胞が移植部位で変性した組織修復に直接関与するかどうか、つまり「細胞置換(cell replacement)作用」を有するかどうかがDPNに対する再生医療において重要であるが、今回の研究では、血管系および神経系細胞への分化を確認しており、これらが神経障害を改善する可能性が期待できるという。

研究グループは今回の研究の結果から、いまだ有効な治療法が存在しない進行したDPNに対し、iPS細胞を利用した再生医療が応用できる可能性を示していると共に、高齢者から採取したiPS細胞でも、糖尿病合併症に対する再生医療への応用に使用可能であることを示唆しているとした。

さらに、DPNを含む糖尿病性の神経障害に対するiPS細胞を用いた再生医療の臨床応用に向け、さらなる有効性や安全性の確立に向け、さらなる検討を行っているとしている。