産業技術総合研究所(産総研)は9月10日、ヒト細胞核中に存在する、タンパク質をコードしない長鎖ノンコーディングRNA(ncRNA)「NEAT1」が、多数のタンパク質と共に細胞(核)内構造体「パラスペックル」を構築する過程を明らかにしたと発表した。

成果は、産総研 バイオメディシナル情報研究センター 機能性RNA工学チームの廣瀬哲郎研究チーム長、同細胞システム制御解析チームの五島直樹主任研究員らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、9月7日付けで「The EMBO Journal」電子版に掲載された。

近年、がんや糖尿病などの難治疾患の発症には、タンパク質遺伝子の変異だけでなく、ゲノムの大半を占める非コード領域中の変異が重要な役割を果たす事例が数多く報告され、ゲノムの隠された機能である可能性が浮上している。

これらの非コード領域から、機能がわからないncRNAが多数産生されていることが発見されたため、ncRNAの機能に注目が集まっているところだ。ncRNAの機能解明によって、これまでのタンパク質の解析では得られなかった新しい疾患治療や診断技術につながる重要な基盤知見が得られることが期待されている。

前述したようにまだまだ謎の多いncRNAだが、その大部分はその中に細胞内構造体の構造構築を担うRNAを持つ。ncRNAの1つであるNEAT1は、さまざまなRNA結合性タンパク質と共に細胞内構造体パラスペックルを形成している(画像1・2)。

パラスペックルは、約360nmの直径を持つ巨大なRNA-タンパク質複合体であり、遺伝子発現制御に関わることが報告されているが、その構造がどのように構築されるかについては明らかではなかった。

画像1。NEAT1を核として形成されるパラスペックル

画像2。細胞内構造体であるパラスペックル(白矢印部分)

今回、産総研が持つヒト完全長cDNAライブラリーを利用した共局在スクリーニングによって、パラスペックルに局在する35種類のタンパク質(パラスペックルタンパク質)を新たに同定することに成功(画像3)。これらの大部分はRNA結合性の制御因子であり、神経変性疾患やがんの発症に関わる複数のタンパク質が含まれていることがわかった。

今回の研究では、これまで同定されていた5種類のパラスペックルタンパク質と併せて計40種類のパラスペックルタンパク質リストが作成された形だ(画像3)。

画像3。同定されたパラスペックルタンパク質のドメイン構造。RRM(黄色)、KH(オレンジ)、RGG(紫)、Zn finger(緑)は、RNA結合ドメイン。各タンパク質の右上の数字は、アミノ酸の数

今回の研究では、これらのパラスペックルを構成する各々のタンパク質の機能を阻害して、その影響を調べ、タンパク質の役割を決定した。機能阻害によるパラスペックル構造の構築への影響を蛍光顕微鏡で観察・解析して、パラスペックル構造の構築に必須の7種類のタンパク質を同定し、それらをカテゴリー1と分類。

また、機能を阻害するとパラスペックルの数や大きさが変わる10種類のタンパク質を同定し、カテゴリー2と分類した。そして、機能を阻害してもパラスペックル構造に影響を与えないタンパク質をカテゴリー3と分類したのである。

NEAT1の発現に与える影響の解析から、パラスペックル構造の構築に必須のカテゴリー1のタンパク質は、NEAT1の生合成と安定化に関わるタンパク質(カテゴリー1A)と、NEAT1の発現には影響を与えないタンパク質(カテゴリー1B)に分類された次第だ(画像4)。

これによってカテゴリー1Aタンパク質が関わってNEAT1を正確に生合成、安定化させるステップと、カテゴリー1Bタンパク質が関わってNEAT1とタンパク質のサブ複合体をパラスペックル構造へと構築するステップによって、パラスペックル構造が構築されることがわかったのである(画像5)。

画像4。機能阻害した際のパラスペックルとNEAT1の変化とパラスペックルタンパク質(PSP)の分類

画像5。パラスペックルの構造構築メカニズム。パラスペックル形成に必須な3つのステップが右(ピンク色)に示されている

研究グループは今後、培養細胞とマウスを併用した解析によって、パラスペックル構造体が細胞内や個体内でどのような生理機能を果たしているのかを調べていくという。

さらに、疾患サンプルにおけるパラスペックルの挙動解析を通して、病態を規定する新しい診断マーカーとしての有用性や新しい創薬標的としてのncRNA機能を明らかにしていく予定としている。