名古屋大学(名大)は9月5日、心臓から分泌されるホルモンが「急性心筋梗塞」の時に心臓を保護する効果を示すことを発見したと発表した。

成果は、名大大学院 医学系研究科 分子循環器学の大内乗有教授、同・循環器内科学の室原豊明教授、同・小椋康弘客員研究員らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、8月28日付けで米科学雑誌「Circulation」電子版に掲載され、印刷版の10月号にも掲載される予定だ。

心臓病は日本の死亡原因の第2位であり、その中でも代表的疾患として心筋梗塞などの「虚血性心疾患」が挙げられる。中でも急性心筋梗塞は、緊急心臓カテーテル治療の普及により致死率は減少傾向にあるものの、依然として主要な死因の1つだ。

急性心筋梗塞時の「虚血再灌流障害」は心機能を低下させ、心不全を引き起こす原因の1つとなっている。虚血再灌流障害とは、途絶した冠動脈の血流が緊急治療により再開した後に生じる心筋障害のことだが、その有効な予防・治療法は見つかっていない。

また近年になって、心臓から分泌される多くのホルモンがさまざまな心血管病の病態に関与していることがわかってきた。しかし、これらのホルモンの虚血性心疾患における役割についても、十分には解明されていないのが現状である。

急性心筋梗塞後の心筋障害を軽減し、心機能を改善させるホルモンの同定は、心筋梗塞の病態解明のみならず、新規の予防法と治療法の開発につながると考えられ、非常に注目されている研究課題の1つだ。

研究グループは心筋梗塞の際に心臓から分泌が増加する「FSTL1(Follistatin-like1)」というホルモンに着目し、急性心筋梗塞の虚血再灌流障害に対する作用を解明した。

冠動脈を一時的に結紮(けっさつ)して血流を遮断(虚血)した後、解除する方法にて「マウス急性心筋梗塞モデル」を作成。心筋虚血直前にヒトFSTL1を全身投与すると、非投与群に比し、心筋梗塞サイズが縮小し、心エコー検査でも心機能が改善しているのがわかったのである。

さらに、心筋虚血直後にヒトFSTL1を全身投与しても、心筋梗塞サイズの縮小効果が認められた。また、これらのFSTL1による心筋保護作用は、心筋組織内の細胞死と炎症反応の抑制を伴っていたのである。

次に研究グループは、前臨床的実験として、大型動物であるブタの冠動脈をバルーンカテーテルで閉塞した後に再開通させることで、「ブタ急性心筋梗塞モデル」を作成。心筋虚血時にヒトFSTL1をカテーテルから冠動脈内投与すると、非投与群に比較して心筋梗塞サイズが縮小し、心臓カテーテル検査でも心機能が改善していることが確認された。

そして細胞実験においては、培養心筋細胞にヒトFSTL1を添加すると、「低酸素/再酸素化刺激」による細胞死が抑制され、「炎症性サイトカイン」の産生も抑制されていることが判明。また、炎症に深く関与する細胞であるマクロファージにおいても炎症性サイトカインの産生を抑制しているのがわかったのである。

その機序として、FSTL1による細胞死や炎症を抑制するAMP活性化プロテインキナーゼの活性化と細胞死や炎症を惹起する「骨形成タンパク-4」の作用の阻害が考えられた。

以上より、FSTL1は、急性心筋梗塞時に投与することで、心筋組織での細胞死と炎症反応抑制を介して、心筋障害を軽減させ、心機能を改善させると考えられるという結論に至ったのである。FSTL1は、急性心筋梗塞時の再灌流障害の予防・治療薬開発の標的分子になりうると示唆された。

FSTL1の体内でのより詳しい機能がわかれば、心筋梗塞などの虚血性心疾患の病態解明や急性心筋梗塞時の生体防御の機序解明につながるかも知れないと、研究グループは考えている。FSTL1はヒトの体内に存在するホルモンであるため、投与に関する安全性は比較的高いと考えられ、FSTL1投与が急性心筋梗塞に対する有効な治療法になりうる可能性があるという。

さらに、FSTL1の量を増加させることや、このホルモンの働きをよくすることは、虚血性心疾患のみならず炎症に関連する健康障害を改善する可能性があり、多くの疾患の予防法、治療法の開発につながることが期待されるとも研究グループはコメントしている。