スマートフォンで双璧を成すAppleとSamsungが特許訴訟を繰り広げている。8月24日には、最大のスマートフォン市場である米国で陪審員による評決が下った。結果はAppleの完勝といってよい内容で、Samsungは損害賠償金として約10億5000万ドルを支払うよう言い渡された。Appleはその後、Galaxyブランドで展開するSamsungのスマートフォン8機種について、米国での販売停止を求めている。

AppleとSamsungが世界のスマートフォンに占める合計のシェアは50%以上で、名実ともにリーダーと言える2社だ。今回の評決を受け、Samsungの戦略はもちろん、スマートフォン市場全体にどのような影響が出るのだろうか。

Appleのデザイン特許主張を支持した評決

日本を含む世界各地で特許訴訟を展開する2社、今回の訴訟は、2011年4月にAppleがカリフォルニア北部地区連邦地裁にてSamsungを提訴したことに遡る。AppleはSamsungのスマートフォンやタブレットは自社製品の「猿まね」とし、25億ドルの損害賠償金と該当製品の販売差し止めを求めていた。その後SamsungがAppleを逆告訴、2つの訴訟が一本化されて審議された。

まずは双方が何を主張していたのかをざっとまとめてみる。

Appleの主張

AppleはSamsungが7件の特許を侵害したと主張、このうち4件はデザインが関係した意匠特許で、3件はユーティリティ(実用)特許となる。デザインには、フロント画面のデザインやユーザーインタフェースなどが含まれており、実用特許ではバウンスバック、タップによる拡大、2本指でピンチして拡大が含まれている。

AppleはSamsungが真似たことを示すため、「デザイン面で危機に陥っていた」ことが盗作につながったとし、iPhone登場前と後のSamsungの端末の変化を見せた。また、iPhoneを研究したSamsungの社内書類やGoogleからApple製品に似すぎているという警告を受けていたことなども明らかになったようだ。

Samsungはこれに対し、先行技術があるなどの反論を行っている。

Samsungの主張

Samsungは主として3G無線通信に関する特許(2件)の侵害を主張、このほか、デジタルカメラと電子メールの統合、音楽を聞きながらの操作(マルチタスク)など3件が加わり、合計で5件の特許を侵害しているとした。

Appleが特許ライセンスの交渉に応じなかったこと、コンシューマーの選択肢を狭めることなどの主張に加え、法廷外で、Appleがソニーの影響を受けていることを実証するために揃えた書類を一部の報道関係者向けに公開した。

Appleはこれに対し、「3G無線通信技術についてはSamsungのライセンスを受けたIntelのチップを使っている」「Samsungが法外なライセンス料金を求めている」などと反論した。

7月末にスタートした審理の後、陪審員は8月22日に評議を開始した。3日という異例とも言える速さで至った結論は「SamsungはApple特許を侵害している」というもので、損害賠償金は10億4900万ドルとした。Apple側が主張した7件の特許のうち6件について侵害を認めるなど、Appleの完全勝利といって良い内容だ。

勝利を受け、Appleは現在米国で発売されているGalaxyスマートフォン8機種について、暫定的な販売差し止めを要求した。もちろん、平行して販売差し止めの正式令に向けた申し立ても行う。判事のLucy Koh氏は、販売差し止めについての聴聞会を12月に設定している。Samsungは控訴する構えであり、戦いはまだまだ長期化しそうだ。

Android陣営への影響は?

勝利を受けてAppleのCEO、Tim Cook氏は、社内メモで「(評決は)価値に関すること」とし、「特許やマネーよりも重要」と記した。なお、2011年秋に逝去したSteve Jobs氏がAndroidを目の敵にしていたことは有名で、「AndroidはAppleから盗んだ」「Android叩きのためなら核戦争もいとわない」などと語っていたという。Jobs氏の意思を引き継ぐという点で、Cook氏は成功したといえる。

対するSamsungの社内メモは、憤慨が見え隠れする内容だ。報道されたものを見ると、「市場と消費者は訴訟ではなくイノベーションを重視する会社を支持すると信じている。われわれは間違いなくこれを実証するだろう」などの言葉が並んでいる。

専門家はどう見ているのか? スマートフォン特許動向をウォッチしているFossPatentsブログのFlorian Mueller氏は、「Samsungは"意図的に侵害した"というAppleの主張を跳ね返すことがほとんどできなかった」と総括する。そして、「特許を侵害したソフトウェアの上で成功を築こうとしたこと、Appleのデザインを模倣すると決定したことについて、自身を恨むべきだ。Appleと戦うには、自社の特許ポートフォリオにほとんど価値がないことに気がつくべきだ」と厳しいコメントを寄せている。

この評決の影響はすでに方々に出ている。まずは株価、Samsung株は翌取引日に7.5%下落、ここ4年で最大の下落となった。Apple株の上昇はもちろん、Appleが模倣ではない例として挙げたNokiaの株も上昇した。それだけでなく、同じくAndroidメーカーではないということで、「BlackBerry」のResearch In Motionもおこぼれを頂戴したようだ。

今後予想される影響としては何があるだろうか。まず、Samsungについて見てみよう。控訴を明らかにしていることから、特許訴訟での戦いを継続する一方で、製品開発の見直しも迫られそうだ。OSのAndroid比率を下げて、「Windows Phone」などに比重を置くとの予想も出ている。なお、Samsungは8月29日、独ベルリンの「IFA」でWindows Phone 8を搭載したスマートフォン「Ativ S」を発表した。Windows Phone 8の搭載は9月に入ってすぐにNokiaなどが発表すると予想されていたが、これに先駆けた形となる。一方、訴訟については、今回の評決の直前に韓国で双方に特許侵害とする判決が出たが、今後は世界の司法が今回の評決をある程度参考にするだろう。Samsungにとって流れが苦しくなるのは必至と言えそうだ。

Samsungだけでなく、他のAndroidメーカーに影響が及ぶ可能性も高そうだ。AppleはHTC、Motorola(Google傘下)と係争中で、同じような主張を行っている。GoogleはAndroidを保護するとしてMotorolaを買収したが、現時点では特許面でMotorola効果がないのも気になるところだ。それどころか、ハードウェア戦略を進めることでAppleと直接対立の流れも考えられる。

なお、Googleは27日に評決についてコメント、「中核となるAndroidとは無関係」と、世の中の不安をおさめた。それでも、Androidスマートフォンの多くが同じようなフォームファクタやGUIを搭載している。ベンダーのAndroidへの忠誠心が幾分薄まるとしてもおかしくない。

同時に、もう1つの選択肢としてWindows Phoneへの注目が高まっている。実際にベンダーがどのぐらい関心を示しているのかはわからないが、専門家の中には今回の評決の結果で一番おいしい思いをするのはMicrosoftと見る向きもあるようだ。OSの選択はもちろんのこと、外観や機能面で特許のプレッシャーが強まり、場合によっては開発がしづらくなるかもしれない。結果として、iPhoneライクな端末が店頭から減ることも予想される。価格にも影響するだろう。

これらが消費者にとってよいことかどうか、それはまた別の問題だ。いずれにせよ、今後スマートフォン市場の流れが変わるのか、ベンダーがどのような動きに出るのかが注目される。